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2008/08
28

お米談義

(2007年12月抜粋)
この記事は、去年の12月メルマガで掲載した記事です。

冥王星:今回はオイラが大学時代の卒論でお世話になった米屋の二代目の方にお願いしてスカイプでの会話です。初めての対談方式なので緊張してます。よろしくです。(中略)

 冥王星
以前の米屋さんに関する記事については?

 コメさん
ブレンド米に対する正しい認識をお持ちのようで、記事を見て嬉しかったです

 冥王星
以前から、「ブレンドのコメ=粗悪品」という安易な考え方が変だと思っていたんですよ。
それを是正するのに大学の卒論でコメと取りあげた機会でいい勉強させてもらいました。

 コメさん
純粋な単一品種のコメは個性が明確になることは、昔から立証されていましたし、理屈から言えば当然の話なんですよね。
でも、ブレンド米に粗悪品が存在していることは事実ですから、安易に否定するべき話でもないと思うんです。
だから、ブレンド米=粗悪品というイメージは一面の事実として流布するのは仕方ないと思います。

 冥王星
悪質な米穀店は原価に見合った販売価格からかけ離れているブレンド米を販売していますけど、それは全体量の1割もないと思いますよ。
そもそも、オイラが理解できないのが単一品種の米が純粋で「美味しい」という思い込みの構造です。

 コメさん
それはありますね。ただ、ずっと同じ品種で統一すると口が慣れる、炊き方も慣れてくるんですよ。
慣れるってのは、より好みの味に近づくという意味です。
だから、純粋な単一品種は「不味い」というわけではなく、難しいという意味で否定的な立場ですね。

冥王星
しかし、量販店のコメは同じコメ袋でも同じ産地とは限らないですからね。
慣れる前に、同じ精米所の同じコメ袋の製品を購入しても、同じであることはほとんどないわけです。
しかし、米穀店ではそれは基本的にはない話ですからね

 コメさん
ええ。そうですね。
記事に指摘にあるように、米穀店は、コメの個性を見極め、各家庭に適合したブレンド米を提供するのが商売だと思っています。
 例えば、今、配達している家庭の家族構成や子どもさんの年齢などある程度の情報は必然的に頭に入ってます。

 冥王星
先代から聞いた話ですけど、配達先の家庭の一日のコメの消費量はほぼ分かるそうですが、コメさんもそうなんですか?

 コメさん
だいたい分かりますね。
時期によってコメの消費量が変わります。特に変化が激しいのは、子どもさんが進学して給食からお弁当になったりするケースは年間消費量で2倍くらい変わります。
 で、お弁当でも美味しいお米を提供する必要性が出てくるわけです。
だから、家庭の食事環境の変化に適応したブレンドが必要になることもあるんです。

 冥王星
これってマイナスイメージになるかもしれないですけど、食費とかもある程度分かるんでしょ?

 コメさん
そうですね。おコメにお金を惜しまない家庭も結構ありますし、予算決めているご家庭もありますね。
ご飯党の家庭はこだわりがあるせいか、意外と予算を惜しまない傾向がありますね。

 冥王星
オイラは、このブレンドが米穀店の生命線だと思うんです。
価格に見合ったブレンドコメを提供できれば、その米穀店は支持されるわけですからね。
結局は、良質の米穀店は価格競争の波でも残ってるわけですしね

 コメさん
自慢になりますけど、商品には自信があります。
初めての方には標準的なおコメを提供して、それから世帯構成などを教えてもらえば、美味しく食べられるおコメを提供する自信はあります。
配達の過程で、そういう感想とか言ってもらえると、参考にもなるので、ぜひ、配達をお願いしているご家庭には、おコメの感想を伝えてもらえるといいですね。
もっと美味しいブンレド米を食べられると思いますから

 冥王星
オイラとしては驚くことじゃないんですけどね。
結局は、おコメは日本人にとってTPOを選ばず食べられるもので
様々な状況に適合したおコメが好まれる要素が高いわけですからね。
冥王星は、弁当持参で、朝炊いて、夜まで保温するので、
長時間保温・弁当向きのおコメということになるんでしょうね。

 コメさん
裏話として聞いてほしいんですけど
炊飯器がよくないものでも、そこそこ美味しいお米もあるんですよ

 冥王星
そういうブレンドって、新婚とかに?

 コメさん
いえ。なんとなく勘で「料理が下手そう」、「お子さんがコメ洗いしてそう」とか想像でブレンドを決めています。

 冥王星
意外とそういう各家庭を妄想するのが楽しい?

 コメさん
楽しいというか、注文が続いてることを考えるとNGではないと思ってます。

 冥王星
先代に教わった冷えても美味しい(冷えたほうが旨いと思ったほど)コメとかのブレンドも不思議ですよね。

 コメさん
ブレンドの仕方次第で色々なコメの個性が出るんです。
基本形になるブレンドが数種類あって、その中から、またブレンドするんです。

 冥王星
先代に見せてもらいましたよ。
コメさんの店では12種類のベースのブレンド米と単一品種68種類でしたよね?

 コメさん
いえ。あれから増やしました。
非常に安価なブレンドの種類を二つ追加して、その逆で非常に高級なブレンドも二つ追加しました。
それに、近年は炊飯器の圧力調整機能の進化のおかげで、精米精度に低いコメでも美味しいので、そのための単一品種も追加しました。
そして、何より10年前よりも、玄米、赤米、黒米の取り扱い種類が増えましたね。
特に、玄米は発芽玄米などこれまでの玄米とは違うものも出てきましたからね。
お客さんによっては、そのオーダーもあるので・・・・・

 冥王星
うひゃ〜・・・・まだ増えてるんですか・・・
当時の米倉庫は以前のままで?

 コメ屋
いえ。お蔭様で業績もいいので、コメ倉を改装して地下を増設しました。(精米所はおおむね、地下で精米している)

 冥王星
先代もまだまだ元気そうで・・・・・当時、色々教わったことを思い出しますよ

 コメ屋
当時、僕は山形の庄内で米穀店修行してましたから、冥王星さんのことは知らなかったです。
で、今回、オヤジの仲介でこういう形に・・・・

 冥王星
お手数かけます
以前の記事も、先代の監修というか、指導の賜物ですよ。

 コメ屋
この記事に関しては、非常によくできていると思います。
ブレンド米を「米穀店の良心」と指摘してくれてる部分もそうですが
盲目的にブレンド米がいいというのではなく、消費者の選択肢を尊重することを大前提にしている部分は特に好きですね。

 冥王星
「米穀店がブレンドするのは単価を下げることにより安く美味しいコメを食べてもらうための努力という考え方から生まれたもの」
というのは先代の入れ知恵ですけど
現実はそうじゃないですか?
高いおコメは体外が、それなりの味ですけど、それだけでは消費者は満足できないはずです。
おコメという主食はその家庭の経済状況など含めて精査されるべきであって、米穀店が、安価で価格適正のあるおコメを食べられるようにしていると思います。

 コメさん
そういっていただけると光栄です。

 冥王星
でも、正直な所、コメ屋さんのコメの魅力ってなんですかね?

 コメさん
量販店さんとの比較でいえば、価格面では勝てそうもないです
でも、生コメである程度のコメの品質を見極める能力は、米穀店は量販店には負けないと思います。
つまり、量販店のコメは、美味しさが安定せず、味の良し悪しの触れ幅が大きいと思います。

 冥王星
不味いときと旨いときの味の差が大きいと?

 コメさん
そうですね。私の主観ですけど、量販店で一番美味しい米を100としたら、運が悪いと1くらいの味のコメも量販店には流通してしまいますね。
量販店では、産地、品種は判別できても、いいブレンドまで見抜けるものではないですから。
私だって、ブレンドしてしまった時点では炊かないと味は分かりません。
量販店に来る時点で、もうブレンド終わってるわけですから・・・・

 冥王星
その点、米穀店はないのですか?

 コメさん
米穀店でも旨いコメ、不味いコメの触れ幅はありますが、大きくありません。
価格に見合った味のブレンドを提供しますし、ブレンドの大きな変更をしない限りは大きく劣る可能性はないですよ。
そもそもブレンド変えれば、味も激変しますから、大変なことになります

 冥王星
そうなんですか?

 コメさん
はい。ブレンドは米穀店の命ですから、絶対に教えません。
先代が冥王星さんに見せたのは、冥王星さんが米穀店の回し者じゃないから、安心したからでしょう。

 冥王星
先代は、オイラに、品種と比率までメモくれましたよ?

 コメさん
え?まじっすか?

(中略)

 コメさん
まぁ、冥王星さんがブレンドしようにも、この品種のコメは一般流通してませんから、諦めてください。
このメモはうちの店でしか意味のないレシピですから・・・・

 冥王星
と言うと?

 コメさん
うち専用のコメ農家さんが3件ほどあるんです。
そこのコメは、うち以外では絶対に確保できないはずです。
毎年、専業農家に収穫量と流通量の誤差がないことを前提にして、専門で譲ってもらってるので・・・

 冥王星
つまり、完全オーダーなコメと?

 コメさん
そういうことになります。

 冥王星
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
先代はそういうことを教えてくれないのは・・・・

 (中略)
 冥王星
以前、コメ農家さんとの対談でもお願いしたことなんですけど、米穀店ならではの賢い選択をいくつか、お願いしますよ

 コメさん
いくつか、ですか。

 冥王星
はい。お願いします。

 コメさん
(先代を呼んで)

 先代
1・精米日が新しいコメを買うべし
2.新米でも、刈り込んだ2週間前あたりが冷え込んでいると良質のコメになる
3.古米でも、寒冷地のコメは、温暖な地域の新米より旨いときがある
4.コメを洗うときはすばやく、2,3回程度洗うだけでいい
5.米穀店で買え、感想を言え
6.量販店で買うにしても、一番高いコメではなく2番目に高いコメにすること

 コメさん
1.地元のコメの方が、地元の水に適合するので、地元のコメを買いましょう
2.ミネラルウォーターを使うのは薦められない
3.カルキ臭い水でもレモン水、お酢を少量入れて炊くといい
4.炊飯器の釜は綺麗にしておく
5.可能なだけ保温時間を短くする
6.炊き方の工夫次第で、味が変わるので、創意工夫でいくらでも美味しくなると理解すること

 コメさん
こんな感じでいいですか?

 冥王星
大変参考になります。
ところで先代。
10年前みたいに、オイラに説教臭く説明しないのはなぜなんですか?

 先代
俺が説明したことほ多くがおまえにキチンと伝わってることが分かってるから、口出ししねんだよ。

 冥王星
そうそう。先代に聞いたことですけど、コメさんにも聞いておきます。
南魚沼産のコシヒカリって旨いですか?

 コメさん
主観的な意見を言わせてもらえば、高額な割りに美味しいとは思えませんね。
あれよりももっと安価で美味しい米はかなり多いです。
でも、冥王星さんには悪いですけど、
確かに、南魚沼産のコシヒカリは値段の割りに美味しいとは思いませんけど、それで満足している人がいるので、それを否定する必要性もないと思うんですよ。
 確かに、もっと賢い選択もあるんでしょうけど、
コメに限らず、結局は、「満足」の問題だと思うんですよ。
偽者の南魚沼さんでも満足して食べているなら、それはそれでいいと思うんです。
ただ、売る側がウソをついちゃいけないだけだと思うんです。
だから、「こっちの方がいいですよ」、というお奨めがあっても私はしません。
先代は知りませんが・・・・

 先代
俺は、旨いものは、値段を選ばないで好まれると思う。
だから、色々なコメを提供して、喜んでもらえればいいんだ。
それが、農家と消費者を結びつけ、もっともいい関係構築するための仕事をオレらが果たすべきだと思う。
アンチャン(冥王星のこと)が、
どんなに日本のコメが高くても、日本人はコメ食は捨てられない。捨てることができないほど、コメ農家はコメに心血を注いできた過去があって、それだけの味がある。
日本の文化はコメだ

みたいな話をした時に、取材に応じたんだからな。
あの時のアンチャンの高説がなかったら、取材なんか許可しねぇよ。
酔狂なテーマだったが、アンチャンには熱意があったからな。
(あとで、聞いた話だが、産経新聞、毎日新聞やテレビ取材を拒否しているそうで、取材許可はこれまでNHK、冥王星、外国人記者クラブ、BBC,CBCネットワーク、テレビ東京のみ)

補足:このコメ屋さんは全国的に有名な米穀店です。
   今回は、私的な取材で店名を出さない約束なので屋号は出しませんが、東京の米穀店です。
(中略)
 冥王星
今日はご協力ありがとうございました。

 先代
いつ記事になるんだい?
(以下略)
この対談記事はこの取材の2ヵ月後に掲載しましたがお二人には好評だったようです。



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2008/08
26

やかましい消費者のあり方

 農林大臣の「消費者はやかましい」発言は前後の発言内容が精査されていないことを含めて問題が大きい。
 そもそも、メディア報道としてセンセーショナル、スクープ的な語彙を抜き出して報道、騒動を起こすのだから、発言は慎重にする必要性があるのかもしれない。
 逆説的にいえば、言葉のアヤのようなものを悪用されることを考えると、メディア露出を避ける政治家が増えてしまう可能性を危惧してしまう。
 もっとも、タウンミーティングもなくなって、政治家の意思表示の機会が限定されている状況も憂慮するべきものもある。
 
 さて、問題は「やかましい」だが
目くじらを立てる話ではないだろう。
むしろ、「やかましい」消費者であることをネガティブに捕らえる必要もないだろう。
もっとも、まだまだ消費者の意識の問題は低いと思えるので、まだまだ「やかましい」という水準とは思えないのだが・・・・
 「やかましい」というのは、消費者として消費者権利として当然であることの一方で、越権的な領分への問題提起も含まれるのではないだろうか?(大臣の真意は不明だが)
 風説の流布の部類で消費者の間違ったな情報で壊滅的被害を受けた産業がある
カイワレダイコン、ナシ、カンテン、卵、牡蠣などの貝類などである。
 カイワレダイコンはO-157問題で間違った報道と間違った認識で消費量が激減した上に、倒産した会社が続出した。
 誰も指摘しないが、カイワレダイコンは騒動後、企業が淘汰された結果、価格の20%の高騰を招いた。
 ナシのダイオキシン騒動に関しては、ダイオキシン弊害の科学的立証さえ存在していない。地域的なダイオキシン汚染にも関わらず、ナシ農家全体が被害を受けた。
 トリインフルエンザ騒動でも同じ事が言える。加熱すればほぼ100%害は取り除けるし、人間への感染リクスは非常に低いし、地域的危険性に過ぎなかった。
 牡蠣などの貝類では、ノロウィルスの疑いと指摘されたが、ずっと業者の努力で病原が発生しないような試みが結果を見せている。

ある種、無罪・責任のない消費財が、まるで害悪のように取り扱われる様子は、「やかましい」という批判に合致するだろう。
 中国製品に関しても同じ問題提起がされるだろう。
危険性検証が行われいる製品に関しては、ある程度の安全性が保障されている。保障というのも100%ではありえない。
この「100%ではない」のは中国産、日本産に関わらず同じ話である。
 BSE問題でも安全性の課題の論議があったが、
食の安全性は程度論でしかなく100%はない
従って、どこかで妥協するラインを設ける必要性があるし、妥協しない選択肢を行使してもいいだろう。
 では、結局はBSE問題で「食の安全」を「やかましく」叫んでいた人が今、どうしているのか?
 おおよそ、平然として米国産のビーフを食べているだろう。
 その程度の意識の消費者がかなり多い状況を考えれば
「やかましい」【喧しい】という感情論に至ることは理解できる。
つまり、大臣の発言が不適切だと思う一方で、妥当性のある主張だと思うのである。
「やかましい」を辞書で調べると
1 声や物音などが騒がしい。うるさく、不快である。
2 いろいろの人が話題にして騒がしい。また、評判が高い。
3 こまごまとしていて、めんどう

ということらしい。
大臣がもし、2の「評判が高い」という意図の使用だったら、凄いと思うが、他の意味も検証すれば、どれも該当する話で”適語”だったように思える。

風説の流布、消費者ヒステリックの醜態は1,2,3の全ての意味を含めるものだろう。

面倒と言えば、面倒な話である。
まぁ、ある人がBSE問題で言っていたことだが
「あんたが車を運転して交通事故で過失致死罪を犯す可能性」と「BSE被害の可能性」のどっちが高いと思う?
具体的な数値は驚くほど、交通事故致死の確率が高かったのだ。
高い安全性を求めるならば、それだけのリスクマネンジメントを行うべきだろう。という揶揄も含まれているだろう。
 「BSEに恐怖する前に、交通事故に遭う確率、交通事故を引き起こす確率を具体的に問題にするべき」という結論を全肯定するわけではないが、確かに安全性という問題はそのような事実もある。

思い出すのが、日本の公害訴訟の問題である。
特にチッソの水俣病に関しては企業の原因究明作業が延滞したせいで被害が拡大した。
同じことがパロマガス器具にもあった。
日本も問題に対する真摯な対応ばかりしてきているわけではない。
未だに山ほど残る偽装問題では、原因究明、説明責任から逃避した活動が同じ日本人でされているのだから・・・・・・
 ただ、多くの人が留意していないことだが、アスベスト問題ではクボタ、M&Aマテリアル社などは製造責任、賠償など様々な部分で企業倫理を果たしている。
 特にクボタのアスベスト問題の損益は下請け含めて膨大なものになったが、大きな禍根を残すことはなく終わった。
 結局は、「やかましい消費者」がどうあるべきか?というマインドが重要ではないだろうか?

つまり、消費者として論理的に行政の対応に意見するようにすること、冷静に消費情報を理解する能力が必要であるということである。

 以前も指摘があるが、偽装の罪のない中国産ウザギが消費されないというのは、まったく論理的説明ができない話である。
 中国経済は日本にとって大きなパートナーであることは現状では避けられない。
 その中国外需が日本の基準に適応するまでには時間がかかるだろう。
(実は、日本の要求する製品基準が高すぎる可能性もある)

冷静な消費活動ができない消費者は、損をしているだけだ。
格差の原因は単純に、そのようなヒステリックな合理性のない消費選好であるのが原因とも考えられるだろう。

 

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2008/08
25

五輪は続く。スポーツも続く。

(ワレサ著)
 冥王星さんとモダンタイムスさんの強い要請で転載することになりましたが、
この記事は、五輪だけではなくスポーツというテーマに対しての向き合い方について考えるために必要な比較論だと思っています。
 世間様を皮肉る方向性を含めて加筆したもので、以前の記事とは味付けが異なりますので、ご了承ください。


 「スペシャルオリンピックス」という知的障害者の競技大会があります。
 障害者スポーツでは、一般的に言われるオリンピック以外にパラリンピックがあります。
他にもデフリンピック(視覚障害)などあります。
障害者スポーツは環境的制約の問題が大きい部分もあり難しい問題が競技として付きまといます。
しかし、プロスポーツ競技やオリンピックの拝金主義、国家主義的側面から逸脱できる背景が強く
スポーツマンシップが一番分かるのが障害者スポーツのように思えます。
 スペシャルオリンピックスに関してはその精神性が非常に素晴らしい部分が多々ある。
「いつもどこかで活動している」ということから、Special Olympics と複数形

『いつもどこかで]というのは、”競技はいつも行われている恒常的なもの”ということで4年に一度だけ騒ぐオリンピックを皮肉る意味も、知的障害者スポーツの普及の意識もよく表れている。
Let me win. But if I cannot win, let me be brave in the attempt.

 翻訳するならば
「最善を尽くそう!しかし、勝てなくてもがんばろうとする勇気をください。」とでも訳することができる。
スポーツマンとしての在り方の見本だと思う。
 既存のオリンピックが世俗化して「見る側」にとってのイベントの色合いさえ強くなったことを鑑みれば尚更、障害者スポーツの精神性は輝くものを感じれる。
「参加することに意義がある」というオリンピック精神に基づき、成績の如何に関わらず、すべての競技者が賞賛され、表彰される

この実行の背景には、スペシャルオリンピックは「日常のスポーツトレーニングプログラムの成果の発表の機会」という捉え方があり競技である視座は薄い。
他にも評価すするべき部分を列記すると
競技とトレーニング両面を重要視している
地域毎のスペシャルオリンピックス活動を尊重している
健常者も競技に参加できる
記録、競技成績の到達度の評価がある
大会を支えるボランティア活動が、恒常的な障害者スポーツのボランティア関係者であること
ボランティア参加者に対する敬意を畏敬の念が伴っていること
スポーツを支える周囲の人への感謝も伴うこと

私はどうしても、スペシャルオリンピクスの精神性を知っているせいもあり、
 騒ぎになっているオリンピックが「騒がしいエンターテイメント」としか思えない。
 スポーツは娯楽性があるものだと思うが、スポーツができる喜びなどを全く考えないようなスポーツ選手を認めようとは思えない。芸能人であるとしか思わない。
 
 オリンピックという名称は、国際オリンピック委員会(IOC)の管理権限で、スペシャルオリンピックスもパラリンピックもデフリンピックもIOCの許諾がある。

 今、使われている「五輪」「オリンピック」という言葉は、健常者スポーツの祭典だけであるのか?
という疑問が付きまとう。
 スペシャルオリンピックスが指摘する
「スポーツの恒常性」・「競技ではなくトレーニングとしてのスポーツ」・「スポーツできる喜びへの感謝」「順位ではなく、参加者すべてが評価されること」
これらは五輪精神に相応しくないのか?
私は、五輪精神に相応しいと思う。そして、IOCもオリンピックという名称の使用を許したのである。

パラリンピックも同じである。傷痍軍人のトレーニングとして競技会が発生し、障害者スポーツの祭典として、1964年からオリンピックと同じ周期で行われているイベントである。
 北京でも開催されるし、88年のソウル以降はすべてオリンピックとセットで開催されている。
 
 スポーツ観戦する側のお祭りの五輪と、それに同乗する必要性がある選手達
冷静に考えれば、現代のプロスポーツ選手は結果を求められ、その結果はあくまでも、記録ではなくスポーツ消費者側の評価に過ぎない。
 消費者の評価がなければ、スポンサーも付かないアマチュアスポーツに終わる。
 アマチュアスポーツ選手は過酷な競技環境を強いられ、見世物としてのスポーツではないから一向に評価されないだろう。
 競技によっては、「道楽」とも言われかねない可能性さえある。
 
 見る側が主体的になったスポーツが悪いというわけではない。
見る側が結果論だけでスポーツを論じている姿勢が理解できないのだ。
「次のオリンピック」まで4年もある。その間に世界選手権、オープン選手権大会など別個の大会があるだろう。
 見る側が次のオリンッピックまでその競技を見ないだろうが、競技者は4年後など遠い先の話でもあろう。
 五輪報道の在り方と視聴者の刹那的な「厭世感」「お祭り感」が視聴者として妥当性があるのだろうか?
 競技結果が悪いことは、選手自身の負担で、もっとも辛い思いをしている人を鞭打つように報道することにとても、スポーツを見る人間の視点の汚さを感じる。
 
 「五輪閉幕」という紙面が踊る今日の新聞を見て、
思う。そして紙面や放送では
オリンピックは終わらない、スポーツは終わりません!
なによりも、パラリンピックというオリンピックが残っている!

続いて、パラリンピックが開催されます。オリンピック選手の皆さんお疲れ様でした。
次はパラリンピックの選手を応援しましょう。

という展開がされるべきではないだろうか?

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2008/08
24

とりあえず、これでも聞きながら・・・・・・
記事はくだらない内輪の話なので、放置路線が妥当かもしれませんので・・

メルマガの「論題はそこなのか?」のテンプレートをいじらせて貰っている。
冥王星も、多少なりともなれてきたおかげで、色々といじる楽しみができる。
実際は、アシSが暇に任せて改良したテンプレートの方がいいものなのだが・・・・


FC2ユーザーしか加われない話だが、共有テンプレートから自分で選ぶのは楽しい。
今、「論題はそこなのか?」で使っているテンプレートは改良されて、
「プラグインなしの表示ができる」ようになっている。
大本は、「lc-ex3col-blue」というテンプレートなのだが、
本来はこうなるはず
がかなり改良して、現在の「論題はそこなのか?」に落ち着いてる。
単純に左のカラムを除去した程度なのだが、左のサイドメニューの「X」をクリックすれば、記事で横幅を占めてくれる。

このプラグインのないテンプレの利点は、記事を印刷する時に便利なのである。
印刷時に不要なブラグイン情報を除去できることは非常にメリットがある。
現実に、冥王星の駄文を印刷している方が少なくとも13名はいらっしゃるのだから、その要請に即したものを提供したいと思ったのであるが・・・・

しかし、「冥王星は小惑星なり」のテンプレ採用ということには躊躇している。
肝心なこのブログでの印刷対応がないのは、問題なので、非難轟々だったりするのだが
近日中に、NOブラグイン化できるテンプレに差し替えます。
(冥王星の時間的余裕も限られているので、アシSに任せたいのですが、入院中ですし)

入院中のアシSですが、暇を持て余しているようで、回線は繋げなくても、PCでゲーム三昧の日々らしいです。

帯状疱疹という病気は、外見的に重篤な病気ではないのですが、伝染することもありますし、様々な原因が想定されるので、入院することが一般的らしいです。

冥王星は結石などを頻繁に患うので、入院生活はイヤとしか思えません。

ちなみに、このプラグイン表示を任意で消せるテンプレートって他にあったら教えてほしいです。
自作したものは、どうも不具合起きそうで他人様には薦められませんし・・・・

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2008/08
24

ヨルガオの大輪は色づかない

ヨルガオ
なんとなくヨルガオを撮影しました。
アシSの家の車庫に植えたのですが、いい感じで咲いております。
個人的には、白のヨルガオは好きではありません。

これは、関係ないことですが、ヨルガオもそうですが、アサガオの水色が未だにできないので困ります。
紫とピンクのアサガオばかりでは、華美すぎて趣を感じないので、ぜひ、水色のアサガオを咲かせたいものです。

ヨルガオを見たことがない人もかなりいるとは思いますが、花の大きさはアルバムCDのサイズと思ってもらえればいいです。

夜咲いているので、遅くおきる人は見れない花なので、昔は・・・・・・・

アシSが帯状疱疹で入院しているので、たまに世話しに行くのですが、まだ茄子は食べられそうです。

そういえば、公共料金の値上げしてますが、みなさん如何でしょうか?
ガソリンはそのうちに投機筋が買い支えられなくなる時期が来るので、下落するでしょうがエネルギー依存として天然ガスの高騰は投機筋ではなく、需要過多という感じが強いようです。
ガスよりも電気を利用した方が倹約にはなるかもしれません。

でも、思うのですが、
枯渇する見通しのある原油依存の生活からの脱却のためには、今の原油高騰の方がいいかもしれません。
エネルギー問題は危惧される段階では、多くの人がリアクションを起こしません。具体的な害が発生している現在がもっとも、意識が高いわけで、この高い意識を維持するためには・・・・
と私は思わなくもないです。


さて、文末に意味不明な話題を
「自衛館」なる施設に行ってきました。
就職氷河期世代の冥王星の中には、「自衛隊でいいや」というような人もそれなりいたのですが、今は自衛官不足が深刻なようです。

正直言うと、国防の必要性として冥王星は民間防衛意識の必要性から主張しているので、常備軍軍人よりも前に、民間防衛システムに予算を組んでほしいと思います。
少ない隊員でやりくりすることの問題もあるでしょうが、国防をもっと大きな視点で考えるべきだと思います。

まったく関連性がない話と思うでしょうが、心配蘇生の方法が改定されていたりします。
冥王星は日本赤十字の防災ボランティア活動を推薦しておきます。
ついでに私も資格保持者である講習会のご案内を

日本赤十字社の講習会案内

家庭看護法、緊急救助法、幼児安全法の三つはタメになりますので、是非に

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2008/08
16

靖国神社の熱は冷めているのか?

首相参拝見送りで?参拝者はやや少なめ 海外メディアの取材も 靖国神社
例年より少なめとはいえ、多くの一般参拝者が訪れた靖国神社=15日午前8時54分、東京・千代田区(撮影・中井誠) 63回目の終戦記念日を迎えた靖国神社では、昨年と同様に首相が参拝を見送る見通しのためか、参拝者や警備の機動隊員はやや少なめだった。
 真っ青な空の下、セミの鳴き声が響く拝殿前では早朝から多くの参拝者が頭を下げ、かしわ手を打つ姿がみられた。参道では全国の遺族会のツアー客が記念撮影をしたり、首相の参拝を求め署名活動をする人も。
 小泉純一郎元首相が参拝し、多数の参拝者が訪れた、2年前の終戦記念日の境内の様子を描いたドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」が話題になったこともあり、外国の報道陣が取材をする場面もみられた。

 終戦の日に毎年参拝しているという千葉市の男性(82)は「今日は特別厳粛な日。これだけたくさんの人が平和のために祈りに来ていることに希望を感じる」と話した。


贔屓というものは客観性を失わせるものと言うしかないだろう。
小泉総理時代に25万人の参拝者が訪れたこの時期に比べれば、ここ2年の参拝者数は15万人。
一方、ヲタクと嘲笑される同人イベントのコミックマーケット(コミケ)の来場者数は3日で40万近くになる。
全体数からして、靖国神社参拝者よりもコミケの方が来場者数が多いのだから、靖国神社というものの現実的影響力は口ほどにもないかもしれない。
 しかし、25万から15万という人数の減少は、戦没者遺族の減少ではとても片づけられない数である。
穿った見方をすれば、25万の時の靖国神社参拝者は、「物見遊山」「野次馬」「お祭り騒ぎ」とでも言うべきものかもしれない。
 チベット騒動と同じく熱しやすく冷めやすい日本人世論の無責任さとも・・・・

 誌面では
「昨年と同様に首相が参拝を見送る見通しのためか、参拝者や警備の機動隊員はやや少なめだった。」とあるが、それだけイベント的という見解なのか?
 参拝者も総理が参拝しないくらいで、参拝をやめるとは、なんとも軽薄な信仰心と言われても仕方ないだろう。
 いや、そもそも靖国神社参拝は戦中世代は別にして軽薄なものがあるのは事実だろう。
 例えば、遺族会は特定政治団体として政党問わず大きな影響力を行使しながらも、「政教分離」問題を指摘されることはない。
 公明党の政教分離を盛んに指摘する一方で、遺族会は批判しないのは、論理矛盾甚だしい。
 賊軍扱いされた霊は、英霊としない彼らの価値観を否定しないが、だからといって、「賊軍」と批判し、誹謗するような差別的マインドをまったく問題視しない姿勢は、それこそ軽薄というべきだろう。
 国の在り方の違いでしかない霊を差別し、侮蔑するような宗教が日本では当然というような非常識を軽薄ということを否定されるとは到底思えない。

 空疎というべきだろうか、最後の千葉老人のコメントが虚しい
「今日は特別厳粛な日。これだけたくさんの人が平和のために祈りに来ていることに希望を感じる」と話した。
 なにが特別なのだろうか?
そして、平和を乱した御霊を祀ることに、平和の祈りがあるのか?
 この老人の中の平和の問題もあるが、諸外国からは理解されないだろう。
諸外国だけではなく国内的に理解されない部分が噴出しているのだから・・・

平和のために死した人の慰霊を慰めることを否定するべきではない。
しかし、その慰霊を死に駆り立てた責任さえも問わない姿勢を尊重しろ、とは納得できるものではないだろう。
 勝利を確信して死んでいった幸福な慰霊はまだいいかもしれない。
 勝利できないという正確な予測で駆り立てられた慰霊はどういう気持ちなのだろうか?

日本人の「気配り」から靖国神社は明らかに離れている。
大陸的なエゴイズムの象徴とでもいうべきだろうか?
日本人の魂の所在として靖国という存在がとても不可思議と思えるのは、私だけではないだろう。

 中国との問題よりも、英霊とされなかった「国のために殉じた」過去の慰霊を慰めるためには、靖国以外のものが必要であろう。
 
 それとも、賊軍は英霊ではないという断言ができるのか?

回答されないことだが、靖国問題は、国内の宗教問題を過分に残しているのだ。
それを忘れて参拝している参拝者の思いやりの無さは、日本人ではないと言明しておきたい。
 

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2008/08
15

終戦記念日ということで、三件ほど特別寄稿。


靖国神社への中国の介入は内政干渉であるという見解について(ワレサ)

 靖国問題は国内問題で、中国の内政干渉という批判は実態として、論理的正当性がありません。
 国際法上、歴史認識問題の共有化という文言があり、中国政府が、靖国の戦犯取り扱いが
「歴史認識の問題」という判断であることを留意する必要が日本にはあるからです。
この「歴史認識の問題」という言葉は、日中間の歴史認識であり、日中事変に関係する戦犯問題が
「歴史認識の問題」に該当しないという立場は不可能に近い。
 したがって、靖国問題は内政干渉という論はまず成立しない。


靖国神社と参拝者が向かい合わない不都合な信心(冥王星)

 純粋に国内問題として、政治家の参拝の問題でも「政教分離」解釈の問題でも合憲と断定するのも難しい。
逆に違憲と断定するのも難しいわけで、紛糾するわけだが、
靖国の信心の自由を否定しないながらも、その浅ましさを語る自由はあると思う。
あえて、靖国神社とその信者のあさましさを糾弾するとしたら、以下の点に尽きる
1.靖国の英霊基準以外の犠牲者を蔑視する宗教背景
2.靖国神社が特定の圧力団体になっていると同時に、政教分離の側面で特定勢力と結合性があること
3.靖国神社が政治的結合をもって利権を確保してきた経緯があること

特に1.2は検証される余地がありながらも一行に検証されていない。
信心の自由で靖国が英霊をどう扱おうと自由である。
しかし、靖国を尊重しない思想を糾弾し、靖国を尊重しない自由を奪う権利が靖国にあるわけでもないし、参拝者あるわけでもない。
等しく信心の自由は保障されるべきであるはずだ。
 靖国神社は簡単に言えば、「差別信心」と言うべきだろう。
靖国が規定した英霊基準を満たさない限りは、公の場で批判されることは、信心一体化した政治批判の余地があるのは言うまでもない。
 
 国家のあり方のヴィジョンの違いでしかない戦没者を差別し、非国民、賊軍というレッテルを拡大させた罪は靖国及び、その信者にあると言えるだろう。
 そして、公明党の政教分離批判の一方で、靖国遺族会という集票団体を形成している彼らは、創価学会と同じようなものと言われても仕方ない。彼らが公明党の政教分離問題を語る姿を見てみたいものだが、概して都合悪い事実には逃避する。
 以上のように、実際は既得権益というべき靖国神社とその英霊と遺族は、その既得権益を手放さない。
しかし、彼らは己の権利を既得権益とは思わない。
これは、既得権益という見方の難しさでもあるが、靖国神社とその関係者と遺族はもうすでにそう思われてしまう状況を作り出してしまったのである。
 それが亡くなった英霊の本意なのか?は残った人間が考えることだが、今を生きる人間は概して個人を思わないで生きているのだ。
断定することはできないが、信心の自由は、他人の信心の自由を犯せるとでも言うのだろうか?
まるで靖国参拝が当然の常識のように語る人間に対しての反感は、己の信心の自由と他人の信心の自由の基準の差異である。
英霊とされない御霊を蔑む卑しい価値観の自由まで尊重するべきなのか?
価値観として自由は尊重するが、それを普遍化して批判するような野蛮人が多い靖国神社を認めるような気持ちはあまり持てない。
靖国神社の信心の自由を否定できない。しかし、その浅ましい心を「日本の心」などと認めようとは思えないし
靖国が日本の心というならば、日本人が卑しい民族と言われるだけのことだろう。


非国民という亡霊を取り扱う現代の未熟な日本人(モダンタイムス)

「非国民」という過去の言葉が今でも通用する。
本当に日本のことを思って、反戦を訴えた人を非国民を批判した人は、間違った判断で日本を惨禍に落としめた「非国民」であるはずである。
 つまり、当時、「非国民」とされた人の方が日本の将来像を正しく理解していたということになるだろう。
しかし、この「非国民」という間違ったレッテルを未だに、反省していない。
これは、戦後総括、戦争の反省が生きていない証拠ではないだろうか?

船成金のように「自分の利益を尊重している」だけに過ぎない自称愛国者よりは、
国のために批判を甘んじて受けている憂国の士の方が私には、愛国者と思えてならない。

そもそも、「非国民」という卑しい用語を平然と使用している恥ずかしさもない日本人は、戦争で何も学べなかった人間だと思えてならない。

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2008/08
15

チベット騒動は続いている・・・・

モダンタイムスです。
冥王星さんにお願いして、15日にUPされるように記事を作成しました。
今回は、チベット活動家のある人のお話を交えて、チベット問題に向き合うべき姿勢を問い直したいと思います。


知り合いのチベット自由解放運動の活動家が中国当局に拘束された。
4年前、チベット解放に関するセミナーで私と冥王星さんの討論相手がその拘束された活動家である。

古くからチベット問題は日本では注目されていました。
特に、嫌中国派と思わしき方々は盛んに中国批判を繰り返してきましたが
それについて、その人は酷く落胆した言葉を吐いていました。

モダンさん・冥王星さんのお二人と私では、チベット問題に関しては大きな見解の違いがあります。
それでも、二人は私達の気持ちをよく理解してくれている。理解しようとしている。

残念なことに、私はチベット解放活動を通じて痛感しました。
チベットに関する問題で海外の活動家の多くは、私達の気持ちをまったく理解していないことが分かりました。
彼らにあるのは、まず「中国が問題」という発想から来るチベット擁護の論理です。
逆に対論する側の方が、よっぽどチベットの現状への理解が深いことが多いです。

その理由は、関わってきた期間・知識の問題もあるかもしれないですが、
結局、我々に向き合っているのは、お二人のような人だけと思います。
私達とスタンスの違う方は、もっとも我々を理解しようとしていることは皮肉なことです。

私以上に過激な活動家批判をしていた冥王星さんを彼女はこう評していた
彼は、チベット人個人の権利について具体的にどうすることがBESTなのか?という問題を常、長期的・具体的に考えている。
ただ『チベットに自由を』と叫んでいる活動家よりも、将来のチベット人のためを思っていることが分かるから、嫌えないんです。
彼は、『チベット人民の自由』の前に、チベット人がチベット人であるためのアイデンティティの問題まで考えています。
意見の違いはあれでも、表面だけでチベットの自由を論じている人よりも、彼はよっぽど知識・覚悟・責任感をもっていると思います。
例えば、彼が指摘したチベット人とチベット仏教の関係、チベット仏教とチベット諸部族の問題。
一部の活動家は、冥王星さんやチベットの中国分離への危険性を論じている人の反対論に対して、対抗できないのは事実だと思います。
活動家の置かれた立場は、まず「チベットの中国分離」が目的であり、「チベット人の幸福」というのは目的ではない状態になっているように思えてなりません。
それでも、私は「チベットの自由」からチベットはチベット人になれると思うから、活動を辞められません。

拘束されてから彼女のメールを見て思い出すことが、彼女の活動家として理性である。
彼女は、最後まで冥王星さんと同じくして、聖火ランナーの妨害活動を批判し続けたし
デモに関しても、大使館、国会前などの主張先として妥当な対象を選抜してデモ行動していた。

冥王星さんが彼女に、
”大使館ではなく五輪大会に対する恫喝行為に走った活動”について詰め寄ると彼女は素直に非を認めた。
(彼女がトーチリレー妨害の活動家を制止する側に廻ったことは後で知ったことであるが)
同時に、彼女は長野でのトーチリレー妨害活動をテロと同質とも認めたことは彼女なりの理性なのだと思う。

おそらくであるが、彼女は冥王星さんをもっとも評価していたかもしれない。
それでも彼女が活動を止められなかったのは、何らかの情念なのだと思う。

一番直近のメールには
リンピック開催前はあれだけチベット問題を取り上げた各国メディアも、オリンピック開催と同時にチベット問題を取り上げることはしなくなりました。
仲間内でも期待していた日本の世論も活動家もまったく姿を見れない。
結局は、他国の国民にとっては、チベット問題の騒動はお祭りに過ぎなかったのでしょうか?

二人が指摘した”引き潮”のようにチベット問題は忘れられる、という皮肉が現実化している現状を
放置したくありません。


このメールが送信されて7日後、彼女は中国当局に拘束されました。


冥王星加筆

 彼女との面識は大学時代まで遡る。
 歴史マニアの自分にとってチベットという地域はとても魅力的な未開の地である一方で、
もっとも、歴史理解の進んでいない地域という意味での興味があった。(東南アジア地域などの歴史が大好きでもあるw)
残念ながらチベット自治区に行く機会はなかったが、問題になっているウイグル自治区には行った事がある。(チワン族自治区も)
 浅からぬ縁だったが、彼女にはかなり酷いことを言ったことを記憶している。
自分はその発言を後悔していないし、それに反論できないことを彼女は認めたことに、お互いの進展があった。

言うまでもないが、冥王星個人は「チベットは中国の一部」としてしか論じれない。それについては、彼女も最終的には
「チベットは独立国家である」という持論を棄却することになったので、こちらとしては満足している。
そして、彼女はチベット解放活動家でも数少ない「ダライ・ラマの政治主権を認めない派閥」である。
これについては、様々な部分で彼女とは一致を得ているので、冥王星自身は彼女のような理性ある活動家を評価している。
そして、今回、五輪開催中にも関わらず、デモ活動を行ったことに敬意を持っている。

国際世論が一時的にチベット擁護論の過熱の時節を迎えたが、その後、活動は萎んでいる。
彼女がくれたメールを思い出すと二つの指摘が強く残っている。
五輪開催してからの海外のフリー・チベット騒動の収束化
チベット人のためのデモではなく、中国を嫌悪しているだけの抗議活動


この二つについては、予言めいたことを指摘しておいたこともあって、ショックではなかったらしいが・・・・・

去年の10月に訪日した際に、言われたことを思い出す。

私達のやってることは、私たちにとって本当に必要なことなのか?
という質問の解答はできません。
解答にならないと思いますけど、本当に必要なことだと信じて行動しています。
ただ、私は冥王星さんの危惧に対して一つ回答できるなら
冥王星さんの言う通り、中国の影響力のなくなったチベットが大混乱に陥るとしても、それでいいと思います。
その結果が世界に多大な迷惑をかけることだとしても、私の人生は私が決めることができるはずです。
だから、活動の結果、自分や周りが不幸になってもそれを悔いることはないと思います。

英文の彼女のメールを正しく翻訳できている保障はないが、概ね間違いだろう。
トランスレーターにかけたが、うまく翻訳できていないので、自前の翻訳を乗せた

最後の「私のことは私が決める」という自決権という正統性の前で、どうにも説得しようがなかった。
彼女が違法性の低い抗議行動を優先する限りは、デモする権利(抵抗権)を否定することはできない。

しかし、冥王星にとって御しがたいのが
彼女のような違法性を留意している活動家が拘束されて
まったく中国当局との関連性のない五輪イベントに対するテロ行為を働く人間が、平然としている世の中が異常としか思えない。


しかも、そのような輩が活動の安っぽさに比べて、彼女らの活動は真に迫っている

まるで「お祭りのように騒ぎ立てる似非活動家」と彼女のような活動が一緒にされるような現状がどうしても納得できない。
チベット救済という情熱ではなく、単なる中国嫌悪の活動でしかない連中と彼女は一緒ではないはずだ。
単なる中国嫌悪の連中と対抗する必要性があると冥王星は思っている。
彼らは単純に、中国が嫌いなだけで、チベットに関する知識もチベット人に関する接触さえロクにない。
そんな連中が語るチベット論よりも、まだ彼女に信用された冥王星の持論の方がマシだと思っている。

中国憎いが目的化した連中と、チベット救済を目的としている自分や彼女の方がチベット人を考えていると自信を持てる。
過信に過ぎないかもしれないが、彼女も首肯してくれるだろう。

具体的に中国当局に働きかけるための活動を現在探している。
彼女は中国国民ではないので、母国がある程度の活動をしてくれると期待するしかなさそうだが・・・・

五輪騒動でチベット問題を忘れている人は多いと思う。
彼女がチベット問題を思い出して欲しくて、デモ活動したとは限らないが、
これを読んだ人には、是非思い出して欲しい。
同時に、もし、チベット問題に対する意識があるなら、今現在で出来ることを模索してほしい。

スタンスは違えど、冥王星はチベット人の幸福を冥王星の考えなりで願っている・・・・・
彼女が早く解放されることを切に祈る。


モダンタイムス追記
 
冥王星さんが言う現在出来ることとは、過激な活動家の論理を批判し、理性あるデモ活動にすることだと思っています。
そして、チベットの政治代表権がダライ・ラマにあるような幻想を打ち破って、チベット人、チベット地域にいないチベット民族、チベット諸部族の合意の得られる体制樹立の手助けをする必要性があるのではないでしょうか?

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2008/08
15

五輪憲章を守れない選手達



感情論として仕方ないで済ますべきという世論が圧倒的であるが
冥王星はそうは思わない。
五輪で国旗が掲揚されるのは、名誉ある地位に立てた選手のみに与えられた栄誉である。
これ見よがしに国旗を持ち出して、国威発揚と思わしき行為を行うことは当然慎まなければならない。
それは、公式に国旗が掲揚される状況を著しく辱める行為にしかならないからだ。

開催国の開催運営で国威発揚を狙う動きを牽制する意見は多いが、
そういう意見の人間は、五輪憲章違反である「競技者が国旗を持ち出す行為」を咎めない
感情論として理解するから許すのだろうが、違反行為は違反なのである。
ここで国際世論が違反行為を咎めずに不法を許せば、スポーツとしての秩序が維持できなくなる。

それに関しては、メディアの対応が明確に分かれた。
例えば、BBC、NHKは、歓喜のあまり国旗を持ち出す選手の行為を「五輪憲章違反」と実況が諌めるコメントをしている
しかし、日本、アメリカの民間放送はそれを咎めることもない。
五輪憲章に関する知識の問題があるのか?それとも五輪憲章を無視しているのか?
判断はつかないが、非常に由々しき事態と言わざるを得ない。

スポーツ選手はスポーツ競技のルールに従し、スポーツマンシップに基づいて活動している。
競技者であると同時に人間である以上は、ルールを守るのが道理であるはずだ。
公式に掲揚される国旗掲揚の機会を待てずに、競技場を占拠し、騒ぎ出す観客
このようなスポーツ観戦者として異常とも言える行為がまかり通るようでは・・・・・・


個人的には、五輪憲章違反=メダル剥奪にするべきだと思う。
特に近代五輪は、観客含めて五輪としての秩序維持が必要に思えてならない。
ブーイングが当然のようにまかり通るスポーツ観戦の状態は、選手の尊厳を犯しているとしか言いようがない
プロスポーツ選手であれば、娯楽性としてのブーイングというものも許容されようが、アマチュアスポーツ選手にはブーイングは抑圧でしかない。
現代社会のグローバル化と専業化でプロスポーツの娯楽性の発展をみてきた。
しかし、まだ多くの国の選手がプロスポーツではない水準で行われている。
そんなアマチュア選手をブーイングに晒すような環境を放置するべきではないとも思う。

これまでの五輪憲章を尊重してきた選手の尊厳のためにも、
スポーツの祭典としての秩序のためにも
秩序ある五輪開催が必要ではないだろうか?

お祭りだから何でも許されるわけではない。無礼講であるからなんでも許されるわけではない。
節度のないスポーツマンが評価される社会になれば、それだけ節度のない人間が増える結果になる。
スポーツは見世物であるという意識は、あくまでも先進国の概念でしかない。
もし、スポーツが見世物であるというならば、パラリンピックをどう捉えるべきだろうか?

現代のスポーツの肖像の偏りは先進国のエゴであるような側面もある。
設備の整った道具の進化に追随できない途上国選手は、不利な環境で競技する。
もうすでにスポーツの公平性などは存在しないのかもしれないが
不条理な格差で行われる五輪を
大騒ぎしてみている強者側の国々を見ると吐き気を伴うのであるが・・・・

開催国中国の姿勢を正す側が、身勝手な行為に行うような状況では、開催国もせせら笑うだけだろう。
中国の姿勢を正す前に、己の姿勢を正せない未熟な国際社会に落胆と失望感が漂う。

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2008/08
13

対談:竹島領有権

この記事は、「論題はそこか?」で不採用になった対談記事です。
こちらのブログはあくまでも、オマケ程度の取り扱いなのでここに晒します

 

竹島領有権問題に関して見解は?

冥王星
サンフランシスコ平和条約によって、国際法的な竹島領有権は確立を見ていると解釈するのが妥当。
日本の領有権を現在において否定する法的正当性はない。
確かに、SF条約には韓国は調印していないが、SF条約の認定によって現在の韓国の植民地時代の精算が行われていることを考えれば
SF条約に調印していなくても、慣習的にも韓国はSF条約を批准していると解釈することが自然。

ワレサ
SF条約によって、独立を認められた韓国にSF条約を調印する権限があるとは言い切れないわけで、調印していないから、SF条約は無効というのも通じない話ではありますね。
ただ、SF条約では明確には竹島の領有権を日本に帰属させるようには書いてないわけですから、SF条約だけで領有権確定というのは、性急だと思います。明確という視点の違いはありますけど、SF条約が日本の領有権正当化の根拠なのは間違いないでしょう。


竹島は日本の領有権であるようですが、今後どのような対応を取ればいいと思われますか?

冥王星
特段、日本が行うべき方法はないですね。
最低限、国際司法裁判所で争う環境を整備し、主権の正当性を法的に訴えるだけで充分です。
教科書問題になりましたが、教科書に記述されることが領有権問題に貢献することはありませんから、領有権問題に関しては効果はありません。
 逆に不法占拠されていることを教科書で認めるような記述を避けることを考える必要があるはず。
 
ワレサ
実は、教科書にどう記載されるか?で少し考える余地がでてきますね。
「不法占拠されているけど、わが国の領土」
といい続けているだけでは、無意味です。
「不法占拠に対して、我が国はどう対処しているか?」という段階を教えるべきではないでしょうかね?

純粋に国際法的に見れば、竹島は領有権未定地という判断を私はしています。
問題は、政治的視点からしての領有権問題という話ならば、日本が優勢でしょう。その優勢が永続する保障はありませんがね。

で、冥王星さんの言う方向性の「不法占拠状態を認めない」という記述もアリだと思うんです。
つまり、「竹島領有権問題は存在しないものであり、日本が支配しているものである」という姿勢を貫くことですね。
当然、「不法占拠」状態を認めると、竹島領有権問題があるということになりますからね。
この「問題はない、竹島は我が国のものである」という姿勢を貫く外交は、韓国が取っているものですが、日本が取っちゃいけないわけじゃないですからね。

国際法における領有権の正当性は?

冥王星
そんな手法をとる必要性は俺はないと思いますね。
ワレサさんは領有権問題は国際法的に純粋には、未定と言いますが
それは、あくまでも法的水準であって、国際司法裁判所に出れば白黒が出ますし、日本が負ける要素が国際法的にありえない。
領有権問題で、国際司法が空白地という領土認定する可能性はゼロでしょう。
韓国の領有権の正当性などは国際法になく、日本は圧倒的に国際法的な正当性の上で優位なんですから。
そもそも、韓国は「日本の領有権根拠を否定する」ことはできても、「韓国の領有権根拠を肯定できる」わけじゃないんですからね。

ワレサ
国際司法裁判所の段階に行けば、日本優位はそうそうは覆らないでしょうね。しかし、それも韓国が出廷して言えることですから。
韓国が「ICJの管轄権を認める」という楽観的な観測での優位性は、「絵に描いた餅」でしかないでしょう。
私は「優位」とは言ってますが、ICJが竹島を「領有権未定地」と決着させる可能性はあると思います。
だから、「純粋に国際法的には・・・」と前置きしているんですよ。
逆に冥王星さんらしくない部分というべきでしょうか・・竹島領有権問題は、法的にはグレーという判断が識者の体勢です。
冥王星さんレベルの方ならば、グレーさは理解できると思うですが、案外、冥王星さんも「愛国者」的なのでしょうか?

冥王星
ワレサさんの言う日本のアドバンテージは、『韓国側が領有する根拠の正当性の問題』は私も知っていますし、日本の竹島領有権の根拠も実際には、砂上の楼閣なのも知ってます。
 しかし、領有権未定の地が法的に存在することを国際司法が許すとは思えませんね。
 仮に、信託統治という形式の可能性があっても、韓国側が勝訴するものではないでしょう。
 現実に、第三者統治という形式を認めるような両国の国内事情はありません。

ワレサ
 その両国の国内事情を鑑みて、領有権未定の地という決定が無難だと思うんですよね。痛みわけって奴です。
 ただ、韓国の領有権にならない限りは、竹島の不法占拠状態という課題は残るわけですから、問題はこれですね。

不法占拠について

冥王星
 不法占拠状態が継続しつづけると、将来的には「実行支配の継続による領有権の確立」という慣習が確定しかねないと思うんです。
だから、まずは日本は自力・他力どちらでもいいので、不法占拠状態を解決するべきだと思います。
 それが唯一の日本の不安点だと言ってもいいでしょう。

ワレサ
 実行支配の継続化=領有権
が国際慣習法となる可能性は高いですね。
現実的には、先占有権による領土確定などよりも、なし崩しで実効支配勢力の領土化が行われる歴史的事実が多いでしょうからね。

冥王星
 いっそ、竹島に武力行使ということも可能でしょうしね。なにせ、日本の国内法としては、専守防衛の領域内なわけですし。
どこぞの愛国者が死ぬ気になって、竹島に上陸して韓国軍に殺害されればドンパチというシナリオだって
今の自衛権の範囲を逸脱しないでしょう?

竹島水域権利について

ワレサ
 過激なことを・・・
でも、自衛権の範囲として不可能ではない話ですね。でも、それをされちゃ困るので、国防筋があの海域をしっかり監視してるでしょうけど。
竹島に関する問題は、
1.竹島そのものの領有権という実利のない精神論的な国益
2.竹島海域の漁業権問題という国益、領有権に付帯する経済利益
という二つの国益が働くわけですが、
2に関しては折衷案で解決しています。
正直言えば、私の外交感覚からすれば、
「1を譲歩して2を全面勝利で獲得すればいいのです。」
1<2の価値観ですからね。
でも、国民は違うんですよね。でも、1>2なのか?というのも正直分からないですね。
国民にとっては1,2も日本のモノであるにも関わらず、2で妥協している部分は問題視してないわけですから・・・

冥王星
 私は、韓国側に竹島の水域権利があることがもっとも不満ですね。
ワレサさんと同じく、価値観としては1<2です。でも、1を妥協する必要性を感じませんし、2を妥協する必要性を感じません。
「カエサルのものはカエサルへ」というだけの話で妥協したくないです。逆に、これまで水域権利を譲歩してきたことを含めて賠償金などを求めるレベルまで国際司法に求める戦略もアリですね。
 おそらくワレサさんは、「竹島問題よりも優先するべき外交課題がある」という視点が強いと思いますし、それは理解できなくもないのですが
もう韓国から得るものは日本にはない、と私は見ています。将来の韓国は日本以上に暗いと見てますから。
 配慮が外交的に意味を為すことはまず、ないですし、、韓国ほどの外交上手相手に隙を見せれば日本外交なんて簡単に不利になるだけですよ。

韓国の外交手法について

ワレサ
 その外交上手の韓国と同じ手法で日本は優位になれませんからね。
 記事にもあったように、韓国は、政治的な領有権の正当化を目論んでいるわけで、そのステージに日本を乗せようとしている。
 日本はそのステージに乗ってしまう必要性もないのに、乗りかかろうと世論がしているわけですからね。
 今、領有権問題で教科書にどうこうしろ、とか言ってる人は明らかに韓国に利する言動を行っているのは間違いないでしょうね。
 こうやって、韓国が上手に日本をミスリードしている姿を考えると、韓国の方が外交上手と言うしかないでしょう。
 可能な外交手法をもってして、相手を不利な状況に追い込んでいる姿は、非常に危険度が高いわけですが、その危険を回避するための手段を心得ているんでしょう・・・・

冥王星
 自分とワレサさんの間では、教科書問題はすでに結論が出てますが、なぜ世論は分からないんですかね?
 ”竹島を日本国の領土とすることを教科書に記載すること”は、竹島の領有権の危うさを提示することにもなるとは思わないのでしょうか?
 私からすれば、贔屓目が多少あって、国際法に長じている部類だからこそ、竹島の領有権問題については自信を持てますが、一般の人には竹島領有権を確定する根拠など存在しないと思いますけどね。
 世間のメディアやちょっと「知ったつもり」の人間の文章を読めば読むほど、「分かってない」で領有権を主張している醜態が分かる。
 竹島は日本の領有権であるという結論では一致してもその過程の正確さ、論理性がまったく別なのですが・・・
 あの「国内法では領土になっている」とか一方的な主張を相互でやっている時点で子供の喧嘩というのは、
よっぽどバカじゃない限りは無意味だって分かると思うんですけどね。

ワレサ
 その「よっぽどのバカ」が多いんですよ。記事にもあったように、メディアもあの状態ですからね。
 グローバル化しても所詮は島国根性の日本人は、国際法とか他国の価値観・慣習などを想定した思考はできないのは仕方ないと思いますよ。
 冥王星さんの大好きな明治維新の話になりますけど、結局は、明治維新は外国を意識した改革といいながらも、幕末は内乱という構造を回避することもできずに、運良く近代化できたわけですからね。
しかも、その近代化に必要だったのが、封建時代を支えていた価値観、慣習だったことは皮肉としか言いようがないですね。


今後の竹島はどうなる?

冥王星
 話逸れてるから、戻すけど
予測としてはどうなると?

ワレサ
 領有権未定地という国際的状況が永続化するだけ・・・というのが私の結論
 もし、どうしても領有権を確立したいなら、ドンパチすればいい。まず現状では負けない。
 その際に、日米安保がどのように機能するのか?という純粋な興味があるので、ドンパチしてほしいですね。
 竹島に迎撃ミサイルなどの大型迎撃兵器が投入できない状態であれば、なんとでもなるでしょう。
だって、相手はまだF-15Kでしょ?海上戦力でもイージスでの戦力差は大きいわけですし。

冥王星
 過激と批判された私より、具体的に言うのは、ワレサさんの皮肉ですね?
 勝てるのにドンパチしないという日本の外交戦略の大人さという意味で・・・
 韓国次第なんでしょうね。日本がどのような外交手法とっても、それに即応するような後手に廻る外交しそうにないですし
後手に廻った振りして、後の先取るような外交してくるでしょうし

日米関係と竹島

ワレサ
 でも、不思議なのは、日米安保の存在にも関らず、問題放置しているアメリカです。
 あの海域は軍事的な拠点になりえない規模だからこそ無意味なんだろうけど、
極東安全保障の視点で日本とのパートーナシップは重要なのに、放置してきた。
逆に日本外交も竹島問題でアメリカに介入を依頼するべきなんですけどね・・・・してた可能性はあるけど・・
 アメリカにとってはどっちが領有しようとアメリカには関係ないし
純粋には、アメリカは両国の領土問題に介入する正当性がないのも事実なんですけどね

冥王星
 そこも放置しちゃいけない話題なんですよ。
 竹島は領有権問題である一方、韓国軍の占領行為という大義をもって軍事アクションを行う必要性がアメリカにはあるはずです。
 それを考えれば、まったく日米安全保障条約の機能不全と言われても仕方ない。
 不法占拠状態以後の条約締結にしても、不法占拠状態は継続しているのですからね・

世論はどうするべきか?

ワレサ
 日米安保条約などの不可解さも国際法という視座での「領有権」論争に至らない原因でしょうね。
 韓国の知り合いの話によると、すでに韓国の国民は、国際法的な韓国の竹島領有権の正当性を教えているそうです。
 政府公式とは違った論理で国内の教科書では教えているそうです。その内容は、韓国の国際法教育のレベルの低さを露呈させていますが
教育という麻薬の前では、韓国国民はその国際法を疑っていないようです。
 しかし、韓国政府は、自国の国内法の正当性で日本と対立しているわけですから、韓国は二重構造で正当性を確立しているような感じがするでしょうね。
しかし、両方とも虚飾に等しい。

冥王星
 で、日本政府は、「優位な国際法というステージを教えずに韓国政府と同じステージで喧嘩しようとする世論に四苦八苦と」
 笑えないですね。
 でも、SF条約を始め、今から国民レベルで妥当性のある国際法の領有権主張を教えるのは非常に手間がかかります。
 東京裁判とセットで教えておくべき国際法問題を日本を軽視してきたという側面があるかもしれませんね。

ワレサ
 いや・・冥王星さん。それは違う
 政府は、愚民の方がいいんですよ。
 仮に国際法に対する知識が豊富な日本国民が増えたらどうなりますか?
 様々な人権権問題で日本政府は多くの譲歩を強いられるでしょう。今の国民のレベルだからこそ、日本政府はなんとか政治ができるんです。
 逆に、このレベルだからこそイラク戦争反対論が巻き起こるマイナス面もありますが、国内問題に関して言えば、愚民であるほど統制しやすいんです。
 そして、識者だけが法を独占する状態。古典的なローマ共和制みたいに権力者=法の支配者というが、官僚体制として適当なんですよ。
 適当というか、為政者としては利便性が高いわけです。

冥王星
 半分、本気で、半分、冗談ということにしておくけど・・・
 ワレサさんは典型的な為政者側だからいいけど、俺みたいなのは、どうしろと?

ワレサ
 冥王星さんみたいなのが厄介なのは自覚してるでしょ?
 でも、リアリストは結局は、愚民政策を迎合するの。それはそのうち分かるよ。
 冥王星さんが、愚民政策に近い持論として「国民飼い殺し」という話をしてるけど、それと大差ない
 問題は、国民が自律的に愚民化するか?国がさせているか?の相違点の違いだけだね。

冥王星
 俺は、「政府が愚民化させている」と思ってる。
 ワレサさんは、「自律的に愚民化している」ということでしょ?

ワレサ
 まぁ、そうだね。・・・・・・・・・・・・・・以後割愛


 


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