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目的と手段と思想。そして自己都合 |
相変わらず、カナダde日本語さんのストーキングします。
政権交代をめざして植草一秀氏を中心に結集すること
暴走というよりも、かなり危険な言動が目立ち始めました「カナダさん」ですが、今回の記事もまた微妙な展開
世の中には、「連帯」「連携」を理想とする人が多いですが、目的と手段が摩り替わる人が多いのが問題でしょう。
”「反自」というのが目的ならば、なんでもいい”ということで出来上がった政党を覚えているでしょうか?
民主党の前身とも言える「新進党」です。当時は「反自」で公明党までも取り込んだ野合集団でした。
その後の新進党がどのような政治を行ったのか、は各人が知る所でしょう。
その繰り返しをしたいというならば、ご自由に・・・・・・繰り返すという論拠は将来的にやっておきます。
同時によく各人に考えてほしいのですが、「政治の目的」、「政党の目的」の優先順位です。
・政治の目的は、「各人の幸福の実現」
・政党の目的は、「政治の目的」の実現
これに異論がありますか?(あったら、どうぞコメントでも)
”カナダさんを初め、政権交代を希求する人の優先順位”は
”政党の目的=政治の目的=各人の幸福の実現”、ではなく、政党の目的は”政権交代”でしょう。
「政権交代」という目的は、”各人の幸福の実現=政治目的”は合致しません。
”政党の目的、政治の目的を実現する手段”でしかない「政権交代」を”目的に摩り替えている”のです。
手段と目的のすり替えを全否定しないとして、問題は山積しています。何度も例示しているように
各党は、審議拒否という行為によって、参議院の存在価値を否定しています。議会民主主義を蔑ろにしているという批判は免れないでしょう。(それを「仕方ない」ではなく当然としている人間もいるようですが)
最大の問題点は、違法が確立している人間を担ぎ出す破廉恥さでしょう。
冤罪であろうと、違法が確定している個人を「政治」に担ぎ出すような行為を自民党はしてきたでしょう?
”「反自」という本来、論題にならない「政治の目的」のために、道徳的に問題のある人でも担ぎ出して政治を行う”指向性というのがカナダさんでしょう。
つまり、反自ならなんでもやるという意味でしょう。
個人として尊重されるうるでしょうが、明らかに暴走した人間の行動論理です。
「目的と手段を履き違え(手段を目的化する)ことによって、人間は暴走します。」
以上のような分析からカナダさんは「反自民」というイデオロギー化が起こり、思考硬直しているという分析が可能でしょう。
このような手段を目的化することは、テロリズムよりも非道と言えます。
そもそも、目的実現のための代替手段が存在しているにも関わらず、手段を目的化して騙すことは、テロリズムと大差ありません。
そこには、「政治の目的を見失った」という批判しか残りませんし、それが妥当でしょう。(反論したいならどうぞ)
私から言えば「カナダさん」の記事も同じように”マインドコントロール”と言われるものだと指摘できる。(私は”洗脳”、”マインドコントロール”の意味と存在を認めないのでなんとも)
”論理的証明作業を経ない・反証できない言動”を書き並べるだけでは、説得力のない文章でしかないが、それで人を騙すことは可能だろう。(多くの人が意識しないで起こすことだが)
閲覧者は騙されている認識がほとんどなく記事を読むことも多いだろう。テレビだけでなくブログでも言えることであり、自分は批判される立場にないわけではない。
己を行いかねない危険性(意識しない詐欺行為)を排斥して、他者を批判するような姿勢は紳士的でもない話である。
冥王星さんもメディア批判をするが、自分が批判される道理を弁えているだろう。(私はそこまでの覚悟はない)
カナダさんなどが行うメディア批判は、実は「己を省みない批判」です。
個人の主観で「それが何か?」という反問は自由だろう。
では自説の補完、論証責任を負ってもいないで「私が正しい」というような言動(カナダさんが平素行う手法)は道義的には許容できない。
それに間違ってはいけないのだが、自己主張が強いことよりも、内容の質の問題だろう。
明確に言えるわけではないが、カナダさんのブログのコメンターは「感情論・主観論」が圧倒的に多い(記事もそうだが)。それを許すのが「カナダさん」の意向だろうと推測する。
上記のカナダさんの主張は、私からすれば主観論でしかなく、論理を詰めて回答できていないカナダさんのブログの問題があるから批判されている、と理解する。(コメンター見る限りは、高い水準での論理秩序などを求める水準とは思えないが)
「ブログの人間関係」は各人の問題で尊重するしかないが、マイノリティならば、マジョリティを説得できるだけの論理を構成すればいいだけである。
説得できるような論理も論拠も出せない人間が、”意見が排斥される”と文句を言っても「数の論理」を肯定している以上は、通る道理ではないのだが・・・・
”議論を深めていけばいい”という人が、民主党の審議拒否を肯定することに整合性があるのだろうか?
個人の姿勢として”議論”を持ち出している以上は、それが政党には合致しないと言うなら、政党が行うのは議論ではないことになるだろう。
意見が合う、合わないというだけの問題で記事にするのも不思議である。
冥王星さんの記事などは、常にマイノリティを走っているのだが、彼には彼の矜持があるだろうし、彼なりの論理、合理選択があるだろう。それを提示するだけで十分ではないだろうか?
連帯、連合は「目的」が一致すれば可能です。社会学的見地から
逆に言えば、共産党が辛辣に批判した「民主党の審議拒否」ことについては、共産党は野合できない理由になるだろう。
私からすれば、「反自民」という目的だけで野合した結果論を考えて野合を拒否する理由にもなるだろう。理由付けする要素は多いのである。
何度でも言うが「民主党は議論を尊重できない」政党である。
反論できないカナダさんの立場は尊重してあげたいが
繰り返し主張するが、カナダさんは「議論を尊重している擬態である」
文末に
反論ある方は「論」で反問してください。
各人がどんなブログを見ようと自由ですが、リテラシーを持ってほしいと思います。
目的のためなら手段を選ばない人間の暴走を行う(もう行っているとの指摘もありますが)
ちなみに、公開コメントで撃破されても責任は負いかねます。
私と冥王星さんは、一人の例外を除き、カナダさんのように言説の逃避はしませんのでご安心を
政権交代をめざして植草一秀氏を中心に結集すること
暴走というよりも、かなり危険な言動が目立ち始めました「カナダさん」ですが、今回の記事もまた微妙な展開
一つの大きな目標が一致していれば、右派、左派だと言って異論を唱える必要はないと思う。又、植草氏を中心に反自民が結集することにしても、みんなの思想が全て一致することはありえないし、する必要もないと思っている。ただ、目標が同じなら、多少考えが違っても結集できるのではないか。
世の中には、「連帯」「連携」を理想とする人が多いですが、目的と手段が摩り替わる人が多いのが問題でしょう。
”「反自」というのが目的ならば、なんでもいい”ということで出来上がった政党を覚えているでしょうか?
民主党の前身とも言える「新進党」です。当時は「反自」で公明党までも取り込んだ野合集団でした。
その後の新進党がどのような政治を行ったのか、は各人が知る所でしょう。
その繰り返しをしたいというならば、ご自由に・・・・・・繰り返すという論拠は将来的にやっておきます。
同時によく各人に考えてほしいのですが、「政治の目的」、「政党の目的」の優先順位です。
・政治の目的は、「各人の幸福の実現」
・政党の目的は、「政治の目的」の実現
これに異論がありますか?(あったら、どうぞコメントでも)
”カナダさんを初め、政権交代を希求する人の優先順位”は
”政党の目的=政治の目的=各人の幸福の実現”、ではなく、政党の目的は”政権交代”でしょう。
「政権交代」という目的は、”各人の幸福の実現=政治目的”は合致しません。
”政党の目的、政治の目的を実現する手段”でしかない「政権交代」を”目的に摩り替えている”のです。
手段と目的のすり替えを全否定しないとして、問題は山積しています。何度も例示しているように
各党は、審議拒否という行為によって、参議院の存在価値を否定しています。議会民主主義を蔑ろにしているという批判は免れないでしょう。(それを「仕方ない」ではなく当然としている人間もいるようですが)
最大の問題点は、違法が確立している人間を担ぎ出す破廉恥さでしょう。
冤罪であろうと、違法が確定している個人を「政治」に担ぎ出すような行為を自民党はしてきたでしょう?
”「反自」という本来、論題にならない「政治の目的」のために、道徳的に問題のある人でも担ぎ出して政治を行う”指向性というのがカナダさんでしょう。
つまり、反自ならなんでもやるという意味でしょう。
個人として尊重されるうるでしょうが、明らかに暴走した人間の行動論理です。
「目的と手段を履き違え(手段を目的化する)ことによって、人間は暴走します。」
以上のような分析からカナダさんは「反自民」というイデオロギー化が起こり、思考硬直しているという分析が可能でしょう。
このような手段を目的化することは、テロリズムよりも非道と言えます。
そもそも、目的実現のための代替手段が存在しているにも関わらず、手段を目的化して騙すことは、テロリズムと大差ありません。
そこには、「政治の目的を見失った」という批判しか残りませんし、それが妥当でしょう。(反論したいならどうぞ)
私は、自民党が『Change』というテレビドラマを通して、民衆のマインドコントロールをしようという魂胆を非難したけど、このせりふはそういった裏の事情は抜きにして、とてもいいせりふだと思う。
私から言えば「カナダさん」の記事も同じように”マインドコントロール”と言われるものだと指摘できる。(私は”洗脳”、”マインドコントロール”の意味と存在を認めないのでなんとも)
”論理的証明作業を経ない・反証できない言動”を書き並べるだけでは、説得力のない文章でしかないが、それで人を騙すことは可能だろう。(多くの人が意識しないで起こすことだが)
閲覧者は騙されている認識がほとんどなく記事を読むことも多いだろう。テレビだけでなくブログでも言えることであり、自分は批判される立場にないわけではない。
己を行いかねない危険性(意識しない詐欺行為)を排斥して、他者を批判するような姿勢は紳士的でもない話である。
冥王星さんもメディア批判をするが、自分が批判される道理を弁えているだろう。(私はそこまでの覚悟はない)
カナダさんなどが行うメディア批判は、実は「己を省みない批判」です。
日本では「出た杭は打たれる」ということわざがあるとおり、人と違ったことをしたり言ったりすると叩かれる傾向にある。例えば、私がグリーンピースを支持するブログを書くと、「日本人はみんなグリーンピースを非難しているのに、ちょっとおかしいんじゃないの?」というコメントがつく。でも、私は、そんなコメントをもらう度に、「それが何か?」と聞きたくなる。なぜ人と違っちゃ駄目まの?どうして人に合わせなくちゃ駄目なの?言いたいことをがまんして言わずにいなくちゃ駄目なの?ただ日本のように人口が多くて、人間関係が複雑な社会だと、全ての人が自己主張が強かったら、それこそいざこざが絶えなくなるだろうから、自分を抑えることによって、人間関係がスムーズにいっているということもあるのかもしれないが・・・・。
個人の主観で「それが何か?」という反問は自由だろう。
では自説の補完、論証責任を負ってもいないで「私が正しい」というような言動(カナダさんが平素行う手法)は道義的には許容できない。
それに間違ってはいけないのだが、自己主張が強いことよりも、内容の質の問題だろう。
明確に言えるわけではないが、カナダさんのブログのコメンターは「感情論・主観論」が圧倒的に多い(記事もそうだが)。それを許すのが「カナダさん」の意向だろうと推測する。
上記のカナダさんの主張は、私からすれば主観論でしかなく、論理を詰めて回答できていないカナダさんのブログの問題があるから批判されている、と理解する。(コメンター見る限りは、高い水準での論理秩序などを求める水準とは思えないが)
「ブログの人間関係」は各人の問題で尊重するしかないが、マイノリティならば、マジョリティを説得できるだけの論理を構成すればいいだけである。
説得できるような論理も論拠も出せない人間が、”意見が排斥される”と文句を言っても「数の論理」を肯定している以上は、通る道理ではないのだが・・・・
それでも、いつも人に合わせるばかりじゃなく、朝倉啓太が言うように、人と違っていいんじゃない?でも、どうすれば自分と意見の違う相手を説得するかが大切なんだと思う。みんなが植草氏を中心にまとまろうとしているときに、Kojitakenさんは異論を唱えた。でも、しっかりと理由を述べてくれた。Kojitakenさんの説明で私は納得した。それでいいんじゃない?きっと納得できない人もいるかもしれない。そのときは、理解できるまで議論を深めていけばいいんじゃない?
”議論を深めていけばいい”という人が、民主党の審議拒否を肯定することに整合性があるのだろうか?
個人の姿勢として”議論”を持ち出している以上は、それが政党には合致しないと言うなら、政党が行うのは議論ではないことになるだろう。
意見が合う、合わないというだけの問題で記事にするのも不思議である。
冥王星さんの記事などは、常にマイノリティを走っているのだが、彼には彼の矜持があるだろうし、彼なりの論理、合理選択があるだろう。それを提示するだけで十分ではないだろうか?
私だって、例えば、万引きを繰り返す三浦和義容疑者を支持する考えや9.11の陰謀論にはとてもついていけないところはあるけど、そういった違いがあったからって、野党が連合した政権交代をめざして結集できないということにはつながらないと思う。死刑賛成派だし、捕鯨賛成派でグリーンピースが嫌いだからって同じ大きな目標を持っているのに結集できないということもないと思う。もし違う考えがあれば、結集した中で、それぞれの違いを認識しながら、議論を深めていけば自分の考えが変わるかもしれないし、相手を説得することができるかもしれないだろう。人間は機械と違って気持ちというものを持っている。そして、それは絶えず変わる可能性を秘めている。理論も大切だが、そういった自分の感情や共感する心も大切なのだと思う。
連帯、連合は「目的」が一致すれば可能です。社会学的見地から
逆に言えば、共産党が辛辣に批判した「民主党の審議拒否」ことについては、共産党は野合できない理由になるだろう。
私からすれば、「反自民」という目的だけで野合した結果論を考えて野合を拒否する理由にもなるだろう。理由付けする要素は多いのである。
何度でも言うが「民主党は議論を尊重できない」政党である。
反論できないカナダさんの立場は尊重してあげたいが
議長の入場阻止この三本立ての議論否定を行った民主党を支持する時点で、議論を分かっていない人のデマだと糾弾できる。
みなし秘訣成立
審議拒否による条約批准
繰り返し主張するが、カナダさんは「議論を尊重している擬態である」
民主党支持者であることこの三つから私の価値観から断言的に指摘しておきたい。
ブログにおいて主観論に逃避していること
他者の客観論から逃避し、都合の悪い事実認識からも逃避していること
文末に
反論ある方は「論」で反問してください。
各人がどんなブログを見ようと自由ですが、リテラシーを持ってほしいと思います。
目的のためなら手段を選ばない人間の暴走を行う(もう行っているとの指摘もありますが)
ちなみに、公開コメントで撃破されても責任は負いかねます。
私と冥王星さんは、一人の例外を除き、カナダさんのように言説の逃避はしませんのでご安心を
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