2008/07
03

冥王星個人は政治的発言は自重しますのでw

冥王星としての政治見解は控える必要性があるので、返答を自制してきたが、ある程度、アシS、エッジワース史が代弁してくれたようなので、彼女らの言葉を私の言葉と考えてもらって回答しておきたい。
 なお、アシS、エッジワース氏は冥王星の知己であるが、特段接触しているわけではない。
可能ならば、IPでも晒してくれれば、別人であることが立証できるだろうが・・・・

もちろん、民主主義として議論はとても大切だ。しかし、冥王星さんは、マスコミに流される自民党側の主張のみを読んでこれらの意見を言っているにすぎない。冥王星さんの情報源はあまりにも偏っている。冥王星さんは、下の小沢代表のインタビューを見たのだろうか。もし、見ていたら、上のような批判はでてこなかっただろう。

●2008/06/11【ネット中継】小沢代表記者会見
http://asx.pod.tv/dpj/free/2008/20080611ozawa_v300.asx

小沢代表が首相問責を出す6月11日前、5月と6月に2度、党首討論の話を出したが、自民党は理由を言わずに勝手に断っている。民主党は民主主義の原則となる議論をとても重視している政党だから、問責前に後期高齢医療制度について福田総理との審議を望んでいたが、福田総理は全く取り合わなかった。それで、民主党ら野党が問責を11日に出すと聞いていたのか知らないが、11日なら審議しましょうと福田は自分の都合だけで言ってきた。しかし、問責は11日に提出することになっており、総理失格の烙印を捺された人に向かって、いまさら、「審議しましょう」では、話にならないだろうということで、その日の審議は中止となった。しかし、小沢氏は11日の審議は拒否したが、党首会談をする準備はいつでもできていると上のインタビューで言っている。あくまでも議論は大切にしたいという心意気が伺える。このような理由で審議拒否をしたのであるから、民主主義として許される行為ではないと弾圧するのは、筋違いというものだ。

 さて冥王星個人の見解は避ける必要性があるが、アシS、エッジワース女史の見解を要約した上で冥王星の言葉にしたい。あくまでも冥王星の見解ではない。
 党首討論という形式を拒否することの理由は合理性がある説明がアシSに行われている。
1.小沢代表の党首としての指導力の問題
この指摘はアシSのものだが、党首としての指導力もない党首と討論することに、「党首討論」としての意味がないという理由ならば、それも理由だろう。
 アシSの提示したように、大連立構想において小沢氏の党内の求心力の問題は世間に知れ渡る処になった。
2.国会の党首討論であるなら、福田総理のスケジュールや国会慣習から党首討論は不可能。
党首だけの会談ならば、小沢氏が嫌悪してきた密室政治であり、求めてくる方が論理不整合性は理由になる。

議論しないことは自民党にも糾弾できるだろう。それは審議を急ぐ経緯があると考える部分もある。だから、自民党も民主党も同罪と言いたいのだが、それは違うのである。

 議論を尊重する民主党の姿勢があるならば
・河野衆議院議長の入場阻止
・参議院の空洞化(審議拒否による「みなし否決」・「条約の不審議批准」)
という民主党が引き起こした問題は発生するものではない。議論の軽視という部分では民主党が圧倒的に軽視していると言わざるを得ない結果論がある。
 そして、むしろ、民主党支持者はこれらの事実に相応していないことを批判する余地がある。
 このような議論しない行動を当然とするような価値観では民主主義が危うくなるのは言うまでもない。
 そして何より、「自民党がやったから民主党もやる」ではなく、民主党はそれ以上の蛮行をしているのである。
 私がもっとも許せないのは、民主党若手議員の「議長入場阻止」である。以前記事にしているので隠す必要性もない話だが、このような蛮行を正当化するような民主党支持者・民主党のモラルを問わないメディアに問題提起をしたいくらいだ。
 そして、根本的にどのような理由があろうと審議拒否は肯定できるものではないことも忘れてはいけない。一時的な審議の留保は別にしても、国会議員は民意を背負う存在である。それは政党の問題ではなく、議員である以上は民意に対する責任を負っているのであって、自民党であろうと民主党であろうと審議拒否は許すべきものではない。
 しかし、審議拒否の理由、審議拒否の方法論という論点にすれば、民主党の不当さ、野蛮は目に余るのである。
 それがなかったように報道するメディア、民主党支持者が腐っていると思える。
 その理由は、そのような民主党の蛮行を問題視できないほど、政権獲得という政治手段を目的として暴走しているからである。
 私はアシSが言うような超然とした政治マインドを持っているわけではないが、自分(冥王星)は偏りがあることを否定しない。否定する方法論がないのである。むしろ、逆説的に、あなたは偏ってないと言えるのだろうか?
 民主党も自民党も支持しない。政党を支持するのではなく政策を個別に評価する存在でしかない。
冥王星さんは、電通が新聞社などによるアンケートを政府の都合のいいように操作しているのを知らないわけではあるまい。年金問題や暫定税率や後期高齢医療制度などでこれだけの失態を演じた後に福田内閣の支持率が上がるわけないだろう。

それもたった一つの政府寄りのマスコミ情報だけを提示して、「どうだ、民意は問責にあらず」といっても何の説得力もないことは、誰もがわかる通り。昨日の記事に書いた通り、80%の国民は、衆院解散、総選挙を求めているというアンケートを冥王星さんはどう理解するのか。問責の時期については、私も最初は、ガソリン代が値上げする前に問責して欲しかった。しかし、その時は、国会で成立させねばならない国民生活に影響する法案も数多くあったことだろうし、国民のことを考えたら、今のタイミングがベストだという考えは変わらない。

 アシSが回答しているが、報道の真贋など分るはずもない。だから、真贋を論じるつもりはない。それは責任ある発言を求められる私人として、身勝手な事実認識を提示したくないだけである。
 では、あなたはその信用できない報道を根拠に福田総理を論じているという矛盾はどう整合性をつけるのだろうか?
 しかも支持率統計に関しては、アシSの指摘する通り、統計学的な見地からしてもバランスが取れていないのは明白だろう。
 そして、私は80%という数値に関しては
「そうですか」
としか言いようがない。その数字が福田政権を否定する論拠になることはないのは、簡単な理由である。
・手続きの問題
・政治的な民意とは直接制度によるものではないこと
・不支持がどれだけ高ければ辞任するべきなのか?という基準もないこと
単純に「辞めさせたい」という感情論を正当化するための資料でしかない。
 逆に、次の総理という問題に踏み込んだ問題提起も行われるべきだろうとも思う。
 仮に、80%の不支持率だろうが法治主義国家の日本は、世論調査が政治意思として反映されるものでもない。それが日本のシステムである。そのシステムを否定することも可能だろうが、そのためには何をするべきか?という建設性をもって反論する段階だろう。
 それは「首相公選制」という課題が突きつけられている現在の日本の政治課題として、すでに具体論に来ているはずの問題である。
審議拒否については前述したが、これが「後期高齢者医療制度廃止法案」という「国民の生活」に関わるものを蔑ろにすることにつながるという冥王星さんのご意見は説得力に欠ける。民主党は他の野党3党と共に「後期高齢者医療制度廃止法案」をすでに可決しており、それについて福田総理に審議を提案した時に、2度も断ってきたのは、福田の方なのだ。小沢代表がインタビューで答えているにもかかわらず、報道ではまるで小沢代表が審議を一方的に断ったことになっている。

 共産党の主張を見れば明確に理解できるだろう。
 自分で出した法案を参議院だけ可決して、衆議院では審議拒否で済ませることのどこが蔑ろではないと言い得るのか?
 可決した参議院だけで法律になるわけでもなく、審議拒否によって逆に、廃止法案が否決される結果論が予測されても審議拒否することが正しいのか?
 審議して問題提起続けることで、審議延長に持ち込む方法論もあるはず。なによりも、自分で出した法案を投げ出すような姿勢は見苦しい。
 自民党に問題があるにしても、自民党はそのようなことはしない。社会党もしない。
 蔑ろにしているという説明以外できようか?都合のいい部分だけ民主党の肩を持つ姿勢には、贔屓でしかないだろう。贔屓が政治視座のバランスを崩すのは、歴史が証明することだろう。
問責決議は法的拘束力はないけれども、実際に10年前に参議院で問責決議が可決され、民主党が議会を拒否し続けた結果、額賀が閣僚辞任に追い込まれたという前例があるのを知っているでしょう。首相問責は日本の歴史上初めてのことであるから、もちろん首相が辞任したという前例はないが、前例がないというだけで、可能性はあるということだ。ウィキペディアでも予測されているが、事実上、衆議院での内閣不信任決議可決と同じ行為があり、首相は内閣総辞職するか衆議院解散するかに追い込まれるのではないかと思う。
 問責決議は決して無意味なものではなく、いままでは政府の言いなりでおとなしい羊のようだった日本の国民もとうとう堪忍袋の尾が切れて、内閣総辞職や衆議院の解散を求めているのだ。いくら、参議院の問責に法的拘束力がなうても、民主主義国家であるはずの日本では、国民さえその気になれば、福田内閣は必ず総辞職する。全ては国民次第なのだ。もし、80%の国民が福田内閣総辞職や衆議院解散総選挙を求めてもそれが実現しないとしたら、日本は民主主義からは程遠い独裁主義国家ということの証であろう。

 問責決議があっても民主党の西村慎吾議員を辞めさせられなかった民主党は、自分のことは棚に上げておいて、自民党には、辞めろ、というわけですね?
 このようなことを「ダブルスタンダード」というものです。民主党には甘く、自民党には厳しいという身勝手限りない論理の投げつけには関心はしません。
 ちなみに、私は同じ日本国民としておとなしい羊ではありません。一緒にされては困ります。
 民意が求めても適わない政治意思は、山ほどあることはアシSが指摘したとおりです。手続き論を蔑ろにする民主主義も問題になります。
 そして、独裁主義国家という問題に関しては、否定するつもりもありません。
 独裁主義の規定が不明瞭なので反論しようにも論を立てられませんが、見方次第では、どの国家も独裁国家です。
 共和制政体として理想化されたジュネーブ、ローマ共和制、フランス共和制とも独裁の要素は存在しますし、その可能性は福田総理にあるでしょう。
 そもそそも、民主主義的な独裁というものが存在しえることを知っている立場から言わせて貰えば、独裁を否定する人の矛盾点、整合性など批判は山のようにできます。
 「民主主義」の対義語は「独裁主義」という主張をされるなら、勉強しなおすことをお勧めします。

概ねアシSの言と合致するものですが、アシSとは決定的に違う論点があります。
彼女は民主主義を否定する人間ですが、私は民主主義を尊重します。しかし、尊重される民主主義の言動者として、ほとんどのブロガーはそれに値しません。
 尊重される民主主義の言動者に値する人は少ないと思います。私もそれに該当する自信さえありません。
 尊重させるべき民主主義の言動者というのは、自己責任論をできる人です。
 そこに中立性という問題は加味しません。問題は自分の言動に対する責任感の問題ということです。
 あなたがどういう責任感で言論を展開しているのか?という問題には私は感知しようもありません。しかし、私はブログという媒体で論じた発言に対しては責任をもって応じます。
 それがマナーだと思うからですが、これは独善的なマナーという批判ということで矛を収めるとしましょう。
 願わくば、中立的な視座で政治を論じれるレベルになることを各人に期待します。
 政党政治は政党の利益を誘導するのみです。党利党略で政党は政権獲得が指名であるような報道に流された国民に問題提起されるべき記事とも言えるでしょう。

以上、アシSと冥王星の過去の個人の見解を踏襲して意見しましたが、今後も冥王星としては関われる予知はないことを名言しておきます。
 こういう指摘はなんですが、私はリアルな政治に関わる道を与えられたわけです。
 もっとも立法化に近い官僚という手段を持って理想を実現する手段です。
 私は毒を飲み合わせて政治を考える思考者であり理想論を維持できるほど強い人間ではありません。
 理想論の果てに何も生み出せない人間ではなく実現可能なものを実現させることに政治の意味を感じる次第です。

 
 とりあえず、冥王星としては反論をお待ちするつもりはありません。
 なにせ、即応して応対できる自信がないのでw
 ただ、アシS、エッジワース氏の論理にどう相対するのか?という楽しみはあります。
 こういう論理にどう相対できるのか?という民主党支持者の気概と論説力が試されるものだと思います。
 民主党支持者に喧嘩を売るつもりもありませんが、せめて「議長の入場阻止」「審議拒否の正当化」だけは自制したほしいのです。
議長の入場阻止という蛮行を許している時点で、民主党の腐り度合いを論じることもできますが、そこまで民主党には敵意はありません。
 少なくとも、その事実を反省する度量があることを祈るものです・・・・・

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HP軽いですか?
レスくださ〜〜いw

(密かにレスを期待している冥王星でした)

19時すぎに 冥王星 さんから

2008/07/03(木) | URL | #-

2008/07/03 - ■■■

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