立憲主義・法治主義者のヤン、アナーキストのラインハルト 

 今回の記事は sirokaze氏への回答 という形式です。
元記事のコメントに対する返答です。
銀河英雄伝説を読んだことのない人にはまったく不明な話なのでスルーすることをお薦めします。

 
法治主義・立憲主義を優先した結果が滅亡。

というのは視点が違うと思う。
まず、滅亡の要因になった自由惑星同盟の暴挙の原因は何か?

民主主義的要請によって担ぎ出された扇動政治家である(ヨブ氏)と扇動政治に刺激された愚民だろう。
現代の日本人が愚民だと思っているが、それはまた別の話にしたい。

勝利者とも言えるラインハルトの銀河帝国も立憲主義なのである。
ヤンVSラインハルトという対立構造は、実は立憲主義・法治主義同志の対立でしかない。
自由惑星同盟VS銀河帝国という構造(共和制VS専制)という構図は二人には該当しない論題と言えるだろう。
つまり、
[太字]ヤンもラインハルトともに立憲主義・法治主義[/太字]であり、勝ち残った存在である。
救国軍事同盟は軍人によるいクーデーターであり立憲主義・法治主義の正統性は存在しないのである。だからこそ、統治さえできないのである。

仮に比喩するならば、
ヤンは「共和制民主主義者」
ラインハルトは「立憲君主主義者」

というモデルが可能だろう。
二人の相違点は単なる現代における民主主義的主権の所在の差異しかない。
実質的には、ラインハルトは主権在民に近い治世で、あくまでもタイ・UAE王室のように特別な政治行為以外は自ら為政者になろうとはしていないと思うが

自由惑星同盟の「民主主義」が滅亡の原因であり、
ヤンが放棄した衆愚政治的為政者への道筋は
その後のヤンの政治的行動は、結果論で生まれた衆愚政治回避への方法論に過ぎないのである。
そして、それをヤンは採用せずに、ヨブ氏を憎み続けたわけである。
彼は「国家民主主義」を嫌悪し続けたとも言えるのである。

そもそも、「民主主義」隆盛の時代と思われる現在だが、立憲主義なき民主主義などは存在しえない。
 立憲主義が民主主義的プロセスで制定されているだけで
主権人民ではなくても、形式的な君主主権制度の方がフレキシブルに政治対応できるのも事実だろう。(諸外国に存在する王室国家は建前論の君主主権である)
「君臨すれども統治せず」という状態の安定性は歴史的にも妥当性ある評価だろう。

たまたま帝国が「民衆を殺さない」という軍隊であるから、問題なかったが(同人誌では、自由惑星同盟からよりも社会システムが安定したとか書かれて、キャゼルヌがしょげていたとかあったが(笑))、シナチョンのように、引き上げ者に対する強姦多発など起きている可能性のほうが、現実はもっと多い


現実は知らないし、知ったように語ることについて、言及しない
「知ったか」の言動を批判したとしても、自分も「知ったか」である以上は、言及しない。
ちなみに、ラインハルトは民衆を殺さないではなく、軍規を持ち込んでいる。
方便とは方便だが、ラインハルトの民主支持は法治主義の遵守によって担保されているのである。
貴族のような非法治主義的行為をしないことがラインハルトたりえる部分であり、実力主義が根底にもあるのだろう。
ヤンはこの点に関して、ラインハルトが暴虐な専制君主であったとするなら、立憲制を守っていたかどうか? については甚だ疑問が残るところである。

  ヤンにとって、ラインハルトが暴虐な専制君主であったら・・・・
という仮定は興味深いが、
私見でいえば、ヤンはおそらく法治主義の枠組みを守っただろう。
「法治主義システムを蔑ろにするからこそ、暴君である」
というのが冥王星の見解だし、ヤンは自分個人の価値観を参考にして政治判断を行うことはできない軍人である。
 常に何らかの行動担保・正当性をもって行動していること、それは法治主義・立憲主義の前提がほとんどであることからも、この仮定の結論には、立憲主義を守ったと考える。(残念ながら推測の域だが)
 「悪法は法か?」という法哲学の論題にも帰結するので、個人で考えて欲しい。
少なくとも、冥王星にとっては「悪法でも法」である。仮に、悪法ならば改正を求めて活動するのが優先されるべきだろう。
悪法という個人判断で法を無視すれば、社会は維持できない。悪法という判断が悪用される危険性があるからこそである。
また、ヤンは民主主義すら守っていない。
国家の滅びる命令と共に運命をともにしたのである。

これは間違いだろう。
まず、ヤンは生き残る道を選んだ。これは、立憲主義である。
自由惑星同盟の憲法を詳細に知らないが、
軍人の「生存権」を否定することはできない。生存権は自然法であり、立憲主義に含まれる要素である。(自由惑星同盟に変な政治家がいて「戦陣訓」でも頒布していれば別だが、それは不可能だろう)
 「立憲主義」とは憲法だけではなく、自然法の領分も入る。それらは国際法関連の確認事項も含まれる。作中にも捕虜規定があるように、人道法が存在しえた可能性は高い。
 全体主義的時代(戦中)は、”国のために死ぬことが民意である。”
となっていた。自由惑星同盟にそのようなヒステリックな一派があったが、ヤンにそのエッセンスは皆無である。
「虜囚の辱め受けること無かれ」との訓戒は法的な正当性はないものであるし、立憲主義ではない。
(立憲主義は制定権利者が人民であるか、人民に認められる最高指導者である必要がある)
まず、自由惑星同盟滅亡時の民意は不確定だが、
自由惑星同盟と銀河帝国の歴史が風化した形跡はない。
その闘争の歴史の根底には何があるか?
「自由の戦い」である。そして、自由惑星同盟が滅亡した時点でその目的は
「民主主義を残すこと」が民意だったと思う。(現実にユリアンが後継者として民主主義を残す選択肢を最後に提示することになるが)
 少なくとも自由惑星同盟の祖先は自由を求め、殖民し立国し、その精神は立憲主義の中に息づいているだろうと推測できる。
そう考えれば、ヤンは立憲主義を守ったとも言えるだろう。
もちろん、推測の域は出ないが、文中に自由惑星同盟のアイデンティティとして記述されていることを見れば、そう推測できる。

同時に、ヤンの述懐の中で
「国よりも人民が優先」
という趣旨が存在する。これがまず、「国家民主主義」への痛烈なメッセージだろう。
ここを右派と称する人間がどう評価しているのか?は知らないがヤン自身が民主主義として、
国家民主主義をネガティブに捉えていることは否定しようもないだろう。

ヤンにとっては、”国が滅ぶ運命”は受け入れることができる問題なのである。
ヤンにとっては「国家」という器の価値は、器として機能している限りは意味を見出しているだけのことでしかないのである。
ヤンは、国家に対して非常にドラスティックかつリアリストなのである。
だからこそ、結局は公僕としての自分の地位に対してネガティブなのである。

ラインハルト・ヤンとも生き残りの共通項は何か?と問われれば
「国家」という器に拘らない強さと言えよう。
少なくとも、器として使える部分だけ使うというのが、二人のリアリティである。
一方、国の拘った存在はどうなったのか?
それは作中でも明らかである。そして、作中でもっとも早くに滅びるのが国家主義的存在の人間である。現実はそうとも言えないのだが
後に自分の命が奪われそうになると、逃亡して、イゼルローンを占拠してしまったりもする。
 この凄まじいまでの矛盾と無意味さは、ヤン一党だけを守ればそれでいいという自己中心的な司令官でしかない(笑)。


ヤンとヤン一党の目的は個体差があるが
「銀河帝国打倒」という信念の一方で、「自由」に対する信仰心にも近い信念を持ち合わせている。
自由惑星同盟という器では守れないだけで、簡単に違う器を用意し、用意されたエルファシル政府という新しい自由の器に乗り換えただけに過ぎない。
 ちなみにこの文面を読んでいて一番分かりやすいのが
「この凄まじいまでの矛盾と無意味さ」という文章だろう。
無意味という価値観に至る過程に、価値観の狭量さが浮かぶのである。
それは、国家主義適者な国家への執着心というものだろう。そこには国家なしには自己を保てないアイデンティティの希薄さがあるかもしれない。もっとも、その国家依存は程度論であろのだが。
(国家依存の激しい人間の多くは、国家依存しないアナーキストたちに嫉妬するから困る。はたまた国家に依存しない自由民を迫害する一面があることは、ナチス・ジプシー・インディオの歴史から学ぶべきだが、学ぼうとしない上に反省しないで開き直ることも多々あることも指摘しておこう)
 自己中心的なのはヤンに限らず全てのキャラクター・人類に言えることなので指摘の必要性はない。従って批判に値しないし、程度論にしても価値観の偏重をベースとしていると判断する。

あくまでもヤンとその一党にあるのは、国家ではなく、彼らにとっての「自由」なのである。
もっとも、「国家」という器に執着するしかない方々には理解できない意識ではあろうと思っている。
つまり、国家民主主義者は、国家という器によって「自由」を守ってもらえると思い込んでいる社会弱者ということも言える。(アナーキスト的な見方でいえば、国家民主主義者と思われる存在は社会弱者である。)

ラインハルトも見事に国家という器を否定しえている存在というのも事実である。
彼自身は国家という器に対して留意することはほとんどない。
彼にとっては国家権力は手段に過ぎない。そもそも最終目的は「姉ちゃんを取り戻すんだ!」という世界観から始まり、支配欲ではなく、実力主義における自分の力の試走に終始しているのである。
国家を運営する目的はあくまでも、自分の実力を試すための手段であり、国家は二の次なのである。

彼自身が国家たりえる状況にありながらも、
「簒奪してもいい」(ラインハルトに取って代わることを許す。実力主義)という趣旨の発言を連呼しているのである。
これは、国家という器に拘らないアナーキズム的な実力主義者の為政者と言える。
(ちなみに、「簒奪」と「禅譲」の違いも分からない渡辺昇一氏の歴史知識には呆れてモノも言えないと感じている)
アナーキズムとは断定できないが
”彼はできれば政治に介入したくない為政者”であり、
それは無関心を装っているにしても実力主義・競争主義による社会秩序を目論んでいることは、そのままアナーキズムとも言えるだろう。
”ラインハルト=アナーキスト”という視点は、受け入れられる可能性は低いが、彼はアナーキスト予備軍であることは否定できないだろう。

ヤン・ラインハルトともに信念と現実のギャップが甚だしいが、それをどう乗り切ってゆくのか?というプロセスにこそ、信念を具現化するためのヒントがあると思って受難を受け入れているのだろう。苦労人の人生を客観的に論じてみるとその矛盾こそが二人の魅力である。
追加的にコメントしておくが
シェーンコップが一番冥王星の本質に近い。
ただし、冥王星が為政者になれば、おそらく自由惑星同盟のムライさん程度の人間性になるだろう。むしろ、そうなりたい。
でも、冥王星の一番の目標は、”オーベルシュタイン”閣下である。

さて、立憲主義者としてのラインハルトは独裁者という毛色を持ちながらも法による統治の前提を崩した状況がない。
特にラインハルトが意識していたのが契約履行という信用性の問題であることは、立憲主義・法治主義が形骸化していないから、可能になる信用関係である。
むしろ、立憲主義が崩壊していた銀河帝国時代の悪臭を打破することは重要な実力主義時代の因子である。
ラインハルトにとって、ハンデ戦レースは実力主義の試走ではないのである。(それに関する述懐もある)
立憲主義というルールある実力主義社会こそラインハルトの世界観である。

「国家の秩序維持の真髄は暴力装置の信用維持にある」というのは統治論において無視されない道理である。
だからこそ、ラインハルトは法治主義者・立憲主義というべき為政者たりえるのである。

一方、滅んだ同盟は救国軍事同盟は同盟憲章(自由惑星同盟の憲法)を一時停止し、市中を混乱に貶めた。法治主義的な無法状態によって救国軍事同盟の統治は立ち行かないのは、当然であり、それはラインハルトも図ったことだろう。

そもそも、自由惑星同盟はヨブ氏だけを見れば衆愚政治でありえる。
ヨブ氏は法治主義の前提ではなく民主主義によって正当化されうる存在であろう。

ちなみに
その衆愚政治の状況に同調した軍人が、選挙向けの軍事行動に走った時点で同盟政府は末期症状だったわけである。
ここには、政治の失態をとめられない文民統制の問題点があるが
このような事例があるからこそ「文民統制」の制度について、議論するべきだと思っている。
しかしながら、政治の了承もなき軍人の政治判断は許されないのは、民主主義的な決まりではなく、法治主義的決定であることを総じて、田母神幕僚長の発言は看過できないものである。

いや、これは空想の産物であるヤンは、生来不真面目であるから、
「すさまじく面倒くさがりやで、やむなく流されている」
 の性格を知っているのだが、そうでない人間にとっては、
「一応国を作れるだけの力がありながら、責任逃れたいために、民主主義や立憲制に逃れ、挙句のはてに国家にくわせてもらっていながら、国家を故意に滅亡させ、最後は不利な状況で無意味な叛旗を翻した軍司令官」
 である見方も可能(笑)。

辛らつな評価だが、その評価の妥当性もあるだろう。
後世の歴史家の評価の問題であり、歴史認識の多様性という問題でしかないが
ヤンもラインハルトと同じくアナーキな因子があった可能性もある。

ヤンは国家という器の機能性に期待していたが、それを運営するための労苦については理解しているのだろう。
ヤンの述懐に政治に関して
「上下水道」というような指摘をしていたのがその証拠になるだろう。
面倒というよりも、彼自身が嫌われたくない人間だったのだろう。
そして、故意であっても、彼は国よりも方を選んだのだろう。

これは更なる私見だが
滅亡寸前の自由惑星同盟を支えようとする”更生した為政者”の姿が映り出されているが、国が滅亡した時の準備を行っていたことが語られている。
 国が滅ぶ時にもっとも被害に合う人民であるのだが、取引で人民を救う協定などは多々存在する。
 法・憲法は国家なしでも作ることができる。国家ではなく組織であれば可能だし、自然法の領域を考えれば、国などは必要ないとも言える。(組織であれば、定款は作れる)
「問題は、人民が生き残り、どう生きるか?」
そういう考えがヤンにあれば彼の行為は合点が行くのである。
同時に、ヤンは税金を国から貰っているという意識が強いわけでもなく
自分の給与が税金であることを理解していることから、
「国家に食わせてもらった」という批判は妥当性がないだろう。
冷徹に言えば、国家と人民は相互依存関係であり、上位も下位もないのである。
だから、「国家と通して人民の税金で食わせてもらった」という意識が支配的だろう。
そもそも、戦史研究課が国の都合で廃止になったことを終始、恨んでいたのがヤンなのであるから・・・・
一応、ヤンも歴史家を目指していたのだし、艦隊司令官なのだから、「将軍に任命されたからには、 たとえ王の命令であっても受けないことがある」
 とでも言うべき立場のものだろう。
 なぜなら、まともな艦隊は自分のところしかなく、存亡の危機であり、あと一撃で敵の大将を葬れるのなら、自国の大統領の一人や二人が死んだところで、後継者を立てれば国は存続できるという民主主義システムを蔑ろにしているとしか言いようが無い。

 そのような立場を行動しないのがヤンである。彼は決して自己判断で政治的領分の判断は下していない。
 ヤンという歴史家が軍人が政治判断を蔑ろにしていいという歴史観に至る可能性は少ない。
その理由は、これまでの歴史上で軍人が勝手に政治判断を下して評価された事例がないからである。これは歴史的な傾向で、多くの歴史家は政治判断を軍人が下すことに対して好意的ではない。
なにより、勝手な政治判断を下した軍人で幸福な人生を送った事例を冥王星は知らない。
 例外的に、軍人が後世に政治家になって正当化される事例で評価されることがあるが、多くの事例はその個人は幸福になれるわけでもない。
なぜなら、まともな艦隊は自分のところしかなく、存亡の危機であり、あと一撃で敵の大将を葬れるのなら、自国の大統領の一人や二人が死んだところで、後継者を立てれば国は存続できるという民主主義システムを蔑ろにしているとしか言いようが無い。

 存亡の危機に関しては政治的主張ができないのである。
実は政治的に理解すると、当時のラインハルトの遠征はむしろ自由惑星同盟によって「ふかっけ」られた戦争である。
「ふっかけ」という論調で田母神論文は自己正当化している・・これを援用できればラインハルトは正当化できるだろう。
そして、戦争の大義からいえば、ラインハルト側に正当性があるのである。(皇帝拉致・帝国への反旗)
自由惑星同盟側にとっては存亡の危機であろうが、ヤンにとっては戦争の大義からして、疑問が尽きなかったことは述懐にある通りである。
そして、大きな間違いと犯しているのだが
「自国の大統領の一人や二人が死んだところで、後継者を立てれば国は存続できるという民主主義システム」
というのは大きな間違いである。
後継者がいえれば国は存続できるならば亡命銀河帝国は国であるのだろうか?
為政者が何らかの形で支配の正当化ができるからこそ為政者たりえるわけである。
国が存続しえることに為政者の存在担保は必要ではない。
国家というのは、その構成要件として「人民」・「政府」・「領土」・「主権」で構成されるものである。(ちなみに私見では、政府・主権を担保できるのは立憲主義である。民主主義は担保しえない)
これが国際社会におけるルールであるし、実勢もそうだろう。
仮に後継者がいれば国たりえるならば、多くの国家が乱立するだろう。
後継者などは国家の存在そのものには大きな要因ではないのである。
それに関しては、疾風さんが指摘していたような気がするが、簡単に言えば
「後継者が存在しないままでは困る。だけど、その後継者は実力主義では混乱してしまう」
というだけで国は滅びないのである。
混乱することが問題であるとは言えるが、それが国の滅亡になるとは限らないのである。
むしろ、混乱状態による破壊、そして、新しい創造の時代を経ているのが、作中世界の特徴と言えるだろう。
この場合、ヤンにとっては、
 滅びる同盟の政府>>>>>>同盟国の多数の人間
 という、方程式を取ってしまった。
 これは司令官としては致命的ですらある。

方程式として成立しない。
ヤンは、ラインハルトが同盟政府の人民を殺すような為政をしないだろうと推測している。(レンネンカンプさんは不明にしても、あくまでもヤンを焙りだす方便に使う程度だろう)
仮に方程式にするなら
法治主義システム>>>滅亡する同盟政府
であり、「同盟人民」はここでは登場しえないだろう。
そもそも、帝国が旧日本軍のように裁判もしない、裁判記録も残さないような軍隊であれば
「同盟国の多数の人間」の登場の余地があろう。
しかし、ラインハルトが
民衆に結果的に迎合的で優しい聡明なる実力主義者である限りにおいては旧日本軍のようなアフォな行為はしないだろう。それはヤンでも推測できることである。
同時に、同盟人民にとっては、人命と自由のどっちが優先されるのか?は不確定である。
理想としては自由を希求している同盟市民だが、人命では難しい。
で、私見であるが、田母神氏のは、文民統制とはまったく思わない。

 今回の事例を銀英伝で挙げれば、ヤン・ウェンリーが「事実」を述べたところで、「政府見解と違う」と言っている輩が、マスコミ含めたサヨクが「査問会」を開いたようなものである。


 ヤンが政府見解に否定的な見解を市中で述べただろうか?
田母神幕僚長のケースは、市中で公表しているのであって、ヤンのケースとはまったく違う。
これに関してはユリアンが幾度か、ヤンを嗜めて、しぶし従っていることもヤンの文民統制の見解だろう。査問会はあくまでも軍法レベルの行為であることに対して、田母神幕僚長の行為は軍法領域ではない。管轄と影響力の相違点からして、別物だろう。
 なにより、ヤン自身は文民統制として、政治判断の権限を放棄しているし、それが軍人(暴力装置の権限をもった人間)の限界だという意見をしている。
(ユリアンを軍属から下ろすことさえ政治判断に介入すると自制するほどヤンは厳しい文民統制を想定しているようだが・・・・・)
 その間に、経済崩壊の兆しを見せているシナチョンが日本の税金で救済措置をとらせようと、画策している。これは、ヤンのいないイゼルローン要塞に、ガイエスブルク要塞をぶつけるという戦略にマンマと引っかかった間抜けな民主党以下、マスコミのあほっぷりとよくかぶると見ている。
 ちなみに、中国政府が画策しているというネタのソースは問わない(脳内妄想には付き合わないし、それを求める権利を否定しないだけのことである。)
ついでにあえて糾弾しておくが、
年中、「中国経済の危機」が叫ばれているし、その論説をしている人間は責任ある発言をしているのだろうか?何度も騙されている奴も恥ずかしいが、予測を外しても発言の自由と平然としている似非学者(正論の著作者)門外漢の評論家を見ていると、軽いとしか思えない。その軽い言動に感化される人間も、軽い知性だな・・と嘲笑しているのだが・・・・
ちなみに、扇動家というのは、予言的に危機を煽るものである。ギリシャのソフィストが「正論」の著者に被る部分があるが、表現の自由である。
 中国の捏造の問題よりも、まずは自分の言説の妥当性を問えない連中の言説を信用して騙されても平気な愚民はご自由にwそういう人が愚民であるという事実は、「正論」の事実に反し続けた記事だけで論証できるのでw
 さて、イゼルローン要塞にガイエスブルグ要塞をぶつける・・・という戦略はあくまでも、イゼルローンの価値がある状況でしか有効性がない。
 
 イゼルローンの執着して、フェザーン回廊に目が行かなかった同盟政府の暗きは思考停止の結果論だろうが、それにしても実力主義者のラインハルトの慧眼は・・・・・・・・・

長くなったわけですが、冷徹にヤン・ラインハルトを評価すると彼らほど
国家主義を否定している人間はいないでしょう。
ラインハルトはあくまでも野望実現のツールとして国家を使役するだけであり
ヤンは、人民の自由のために国家があるとしか思っていない。

二人にとって国家という器の機能性は、機能を有している間しか留意しないのでしょう。
愛国者とはほど遠い二人・・・・・・共通項が実は多いこの二人の分離するのは唯一
「主権在民」
ということだけでしょうか?

とりあえず、もっと深い考察は作品を部分引用する必要性があるでしょう。
文民統制が一番危うい例は、田母神氏の論文より、君が代日の丸反対の公立現場教師であろう。
 彼らは文民統制を離れ、勝手に自己中心的な行為と言動と、実力を持って、生徒たちに強要し、思想信条の自由を悪用している一番の好例である。

教師は文民である。まずそれを理解しているのだろうか?w
従って、まずは「文民統制」の基礎として
「文民」を規定することをお薦めする。
ちなみに、「文民」に宗教聖職者が該当しえるのか?という問題も案外、議論されるべき問題でしょう。

最後に、文民統制について一言。
まず、文民統制という概念は個体差があります。
日本は日本の・アメリカはアメリカの・各国の文民統制の規定が経験を重ねて存在しています。
むしろそれらの経験を通して文民統制が議論されてきた経緯を踏まえて、文民統制を議論するべきではないでしょうか?
その上で立法化するべきでしょう。
現在の日本の文民統制は著しい文民優位状況にあります。
自衛隊法を鑑みて、軍人の政治的自由があまりにも限定される状況です。
最低限の「軍人は政治判断を否定する行動を行ってはならない」というレベルの規定は守るべきでしょうが、
軍人も文民も同等です。あくまでも政治判断に対する拘束性についての留意が最低限の文民統制でしょう。
もっとも、2・26の正義を振りかざす軍人がいまだに存在することは、内心の自由ですから認めるしかありませんが、
だったら、あんたらも他人の自由を許せよ・・ということに尽きます。

 田母神幕僚長の政治的発言は公務員倫理においても問題があることは当然のことでしょう。
これは文民統制の問題だけではなく、公務員倫理の領分です。

 田母神幕僚長の政治行動は肯定して、他の公務員の政治行動は否定する・・・
ここに公平性はないでしょう。あるのでしょうか?
それとも己の価値観で法治主義の正義を否定するのが当然ならば

「自然人」をやめてもらえませんか?
(自然人とは法的利益を受けられる人のこと)
 
自然人をやめてくれるならば、法治主義支配の保護を抜けた前提で
「何を言っても自由です。」

どんなに不公平な言動でも問題ないです。
自然人を辞められないくせに、不公平を維持したいならば、実力で法を変えるなりの努力をしてください。
己の価値観を振りまわして、議論になると思うならば、それは議論ではなくオナニーでしかありませんし、そのオナニーは独善であり続けるだけでしょう。
「俺が正しいんだ」という自由言動はありますが、それを許容できる社会なのか?というのは別問題であるのです。
ということで、冥王星は持戒しているわけですがw
というか、文民統制の規定・定義を語らない部類が多すぎる。
冥王星は、不確定だから確定させようとする部類で卑怯だが、規定してこなかった状態こそ問題だと思うのである。

この記事へのコメント

冥王星自身
ラインハルトアナーキスト仮説を提示するのは初めてですが
以前から思ってました。

少なくとも、反国家主義ではないのでしょうが、
国家という器は手段であり、目的を実現する手段が国家にないなら、ラインハルトは国家を簡単に捨てたでしょうね。
ラインハルトの価値観は堅牢で全てエゴイズムに収斂するんですけど、それでも、目的を追及するためには、良き為政者という結果論を選択するしかなかった・・ということでしょう。
まぁ、ヤンも程度論あれど、アナーキストなんでしょうが・・・・・

でも、誰しも基本的にはアナーキズムな因子が多かれ少なかれあるんですけどね。
それは、ホモセクシャルな性嗜好が普遍的に人類に存在していて、それがヘテロセクシャルを凌駕しないだけ・・みたいな世界なんでしょうが

でも、久し振りに銀河英雄伝説を読みたくなったのですが、読み進めると時間が足りなくなるので自制

なるほど?

 異議があるところが山ほどあるのですが、田中芳樹ウヨクサヨク論争をググレば、「銀河英雄伝説」で詳細に語っているので、自分のブログとしてもエントリーするべきかどうか? は体力次第ですが。

 ま、他のは見解が違うということで、ひとつだけ。
「教師が文民」側に属しているのは知ってますが、その文民の癖に、文民の決まりごとすら守れない人間たちのほうが、よっぽど本末転倒。
 まずシビリアンがシビリアンコントロールができていないのに、軍人にだけそのインチキシビリアンコントロールを遵守せよなんて、マスゴミがいうのは、ダブルスタンダード。

 そういいたいだけです。

 そもそも冥王星さんは、軍人の「私的意見表明」と、「公的命令指揮」の違いを分かっていますか?
 田母神論文は前者。
 ヤンが査問会で追及されたのは、軍事作戦行動中に「命令」ととられかねない
 「個人の自由の前に、国家の存亡なんてどうでもいい」
 という「公的命令指揮」による違反。
 明らかに戦闘中にこんなこというのは士気が下がるのは明白(笑)。

 ちなみに、もうひとつ。
 なぜ、私が自信を持って、田母神氏の処分不当であり、サヨクの「シビリアンコントロール逸脱」がおかしいかといえば、今回田母神氏の更迭の理由は処分相当かどうかが、処分した側の自衛隊ですら、明確な理由を延べられないというところ。

 ↓

 田母神(たもがみ)俊雄・前航空幕僚長(60)(今月3日付で定年退職)が、昭和戦争などに関して投稿した論文の内容を巡って更迭された問題で、田母神氏は退職前、防衛省に対して「懲戒処分の審理に応じる意向がある」と伝えていたことが5日わかった。

同省関係者によると、田母神氏は周囲に辞表を提出しない意向を示したうえで、「懲戒処分の審理を開いてほしい」などと述べていた。

懲戒処分の審理に入るには本人の同意とともに、明確な規律違反が必要。同省では、 政府見解と異なる論文を発表した田母神氏の行動が明確な規律違反にあたるかどうかを検討、 仮に審理に入ったとしても長期化する恐れがあると判断し、 空幕長を解かれた時点で退職年齢(60歳)に達しているため定年とした。

最終更新:11月5日23時42分11月5日23時42分配信 読売新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081105-00000059-yom-soci

 つまり、このニュースが知らしめているのは、サヨク全体が息巻いている田母神氏の更迭は妥当というのは、シビリアンコントロールの暴走以外のなにものでもない。
 明白に違反=処分妥当とはいえないのに、勝手にやってしまった結果の産物である。
 マスゴミ、およびサヨクの見解は、「法律に基づく冷静な判断」よりも、ただ単に「サヨク側の都合のいい「いいわけ」」だけで、処分されているということだ。
 それをマンセーすることに危うさすら感じる。
 もし、反日教師が死刑にされた場合を仮定してもらいたい。
 法律上、文部省の方針に逆らった教師は、死刑が相当という「見解」で処分され、抗弁の機会すらあたえなかったら、冥王星さんたちは、「それは正しい! すぐにやれ!」と叫んだか?
 おそらく、「不当である!」というだろう。
 私は、それを言いたい。

>アナーキスト

田中芳樹そのものが、そういう傾向があるので・・・・・・。


 ちなみに、私は田中芳樹もヤンもラインハルトも大好きです(笑)。

返答御苦労さまです。

>そもそも冥王星さんは、軍人の「私的意見表明」と、「公的命令指揮」の違いを分かっていますか?
 田母神論文は前者。
 ヤンが査問会で追及されたのは、軍事作戦行動中に「命令」ととられかねない
 「個人の自由の前に、国家の存亡なんてどうでもいい」
 という「公的命令指揮」による違反。
 明らかに戦闘中にこんなこというのは士気が下がるのは明白(笑)。

まず、前者と断定していることに妥当性を感じない
実態は不明なのである。解釈次第でどっちにでもなりえる。(司法問題しても、統治行為論で逃げることになるだろうがw)

「公的命令指揮」という用語についてはあくまでも法的用語ではないと認識しているが
いわゆる「軍令」・「軍政令」という類推すれば、論文が軍令的要素がないとは言い切れないのである。
それに関してメディアも
「論文の応募にどこまで空自としてかかわったのか?」という視点で追及中である。
一方で小松基地の会で便宜供与の関係があることを考えると、軍政行為を逸脱した公務員権限の悪用の素地さえあるのである。

論文が私的見解であると断定しえる証拠がそもそも存在しないことが、争点である。
文民統制という課題よりも冥王星にとっては公務員倫理の問題に注目しているのは、文民統制の規定そのものが不確定であるからこそである。
実際、論じられている文民統制の多くが規定として確定したものではなく、私的見解に過ぎない。防衛省は文民統制の見解を示していない。麻生総理の行政認識も「不適切」としか言及していないのである。
文民統制の度合というのは国家事項であるし、普遍的な規定は存在しえないが、
制度として基礎概念になっているならば、規定するべきだろうと思っている。
これと同じことは政教分離の原則も同じことである。

私人としての論文か?公人としての論文か?という区分けで論じておく段階であると思っている。
文民統制の規定ができる人は勝手に規定して、その規定を論じればいいが、その妥当性への反論については用意を要請する。(冥王星はNSC方式の軍人の政治関与は当然だと思うし、軍人の政治寄付行動は制限を設ける程度でいいと思っている)

指摘から逃避しているようだが、公務員倫理の問題は当然の論題である。
特に自衛隊法61条において違法性ある行為の前歴があるからこそ、指摘されるものであることを理解するべきだろう。
公務員として、個人的な政治行動を慎むことは程度論あれど指摘されていることである。
一方、幕僚長は職務権限を生かしての論文の応募要請を行っている部分には公的側面さえ存在するのである。
 
>なぜ、私が自信を持って、田母神氏の処分不当であり、サヨクの「シビリアンコントロール逸脱」がおかしいかといえば、今回田母神氏の更迭の理由は処分相当かどうかが、処分した側の自衛隊ですら、明確な理由を延べられないというところ。

実は明確な理由は、内規違反でしかない。明確だと思えないだけだろう。
自衛隊員倫理法第3条第2項(これが冥王星として一番大きい)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S29/S29F03101000040.html
私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法 及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。

自衛隊法61条(付帯86,87条)
自衛隊法3条
http://www.houko.com/00/01/S29/165.HTM(自衛隊法)
が指摘できるだろう。
現在国会でも質問書が提示されている。(11月6日付け)
回答がまだないが、
仮に不当というならばこれまで存在してきた懲戒事例に関して、整合性ある回答が必要だろう。
少なくとも来栖発言・週刊ポストのクーデーター記事に関しての処分について意見するべきだろう。
しかし、それが行われない理由は何か?
司法判断が下っていないが、それらの判断が事例として尊重されるのは当然であるし、批判者が過去の事例について精査した問題提起していないことに、主張の軽薄さもあろうと言えるのである。
仮に、類似事例に関しての言及があれば別である。

南京事件が降ってわいた話として批判するような論理ならば、
逆に今回の幕僚長の問題以前のあった文民統制の過度の解釈適用についても意見するべきなのである。(それもしないで今回だけ論題にするのが理解できないから、また気に食わない)
そのような論理的整合性をつけられない言動だからこそ、説得力がないとしか感じられないのである。
個人としては論文の内容については妥当性を一面だけは認めるが
歴史認識の多様性を認めるにしても、暴論と言うしかないだろう。
なにより、暴論である根拠は、彼自身が「侵略」について規定できるわけでもないし、論文のソースの引用が杜撰なのである。

ちなみに、シビリアンコントロールの暴走という評価に妥当性があるのか?という論説は可能だろうか
そこは重要な要点である。
むしろ、シビリアンコントロールが過度であるがゆえに、国益を損したという事例はあるだろう。しかし、それが暴走として糾弾され続けた事例があるのだろうか?
それも提示できずに暴走というならば、田母神論文がまかり通る軍隊を例示してみればいいと思う。

例えば、最近、クーデーターが発生したタイの陸軍大将でさえも、シビリアンコントロールの前提を崩したことへの自己批判を行っている。
あくまでも暫定措置として弁明しているに過ぎないのである。
暴走という評価は自由だが、その評価に至るための、事例を提示できないでは、説得力はない。
何事も初めては存在しえるだろう。しかし、その初めてのケースならば、想定される状態での危機管理の方法論も提示されないでは問題が大きいとしか言いようがない。

あくまでも幕僚長という地位ではなく公僕としてのあるべき姿を逸脱しているという批判があるべきだろう。
それは冥王星の自由主義とは違うが、現代の日本人の一般的公務員倫理の問題としか言いようがない。

そして何より、問題なのは、
「身内の恥は書隠せ」という主張と相反する言動の数々である。
自衛隊という規模で田母神幕僚長をポジティブに評価していた時代があったが、単なる空自の保守思想しかない人物だったことに失望感は否めない。

>法律上、文部省の方針に逆らった教師は、死刑が相当という「見解」で処分され、抗弁の機会すらあたえなかったら、冥王星さんたちは、「それは正しい! すぐにやれ!」と叫んだか?
 おそらく、「不当である!」というだろう。

残念ながら冥王星は、死刑制度に関して肯定的でも否定的でもない。
個人的な死刑制度論への見解は、別記事を参照してもらえれば幸いである。
法的に死刑相当という判断が下ればそれは法治主義の元で粛々とこなすしかないだろう。
決して「すぐやれ!」とは言わないだろうが
死刑に相当するという立法経緯を取り正すだろうとは思う。少なくとも死刑の要件として立法化されているならば、是認するしかないだろうが・・・
もっとも、冥王星がこのような状態になったら、まず日本国民であることを返上して亡命するだろう。(亡命するように促すことも指摘しておく)
亡命するだけの要件になるだろうことは、国際判例・国際人道法・ILO答申からして明白だろう。

明確な理由は、内規違反

>私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法 及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。

 これのどこが、「田母神論文」との整合性ある違反になるのか、答えていただきたい。
 まず、これ。「国民の負託」に着目すべきであろう。某所のアンケートでは8割が支持している。YAHOOでも5割が。反対は3割程度。したがって、全力で「負託にこたえている」ともいえる。

 さて、内規違反であるが、今回懲戒処分を下したのは異例といえる。

それを次の条文から掲げる。

(人事に関する不正行為の禁止)第39条
 何人も、隊員の任用、休職、復職、退職、免職、補職、懲戒処分その他の人事に関する行為を不正に実現し、又は不正にその実現を妨げる目的をもつて、金銭その他の利益を授受し、提供し、若しくはその授受を要求し、若しくは約束し、脅迫、強制その他これに類する方法を用い、又は公の地位を利用し、若しくはその利用を提供し、要求し、若しくは約束し、あるいはこれらの行為に関与してはならない。
 
 これらは、マスコミ、および民主党などの強制とよべなくもない。これらの地位を利用し、関与しているといえる。
 また処分が不当なのは、次の項目もそうである。

(身分保障)第42条
 隊員は、懲戒処分による場合及び次の各号の一に該当する場合を除き、その意に反して、降任され、又は免職されることがない。
1.勤務成績がよくない場合
2.心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合
3.前2号に規定する場合のほか、その職務に必要な適格性を欠く場合
4.組織、編成若しくは定員の改廃又は予算の減少により、廃職又は過員を生じた場合

 田母神論文は、あくまでも論文を書いただけである。従って、これらの項目に一切該当しないと言い切れる。

 さて、今回の処分の元になったのは、次

第46条 隊員が次の各号のいずれかに該当する場合には、これに対し懲戒処分として、免職、降任、停職、減給又は戒告の処分をすることができる。
1.職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
2.隊員たるにふさわしくない行為のあつた場合
3.その他この法律若しくは自衛隊員倫理法(平成11年法律第130号)又はこれらの法律に基づく命令に違反した場合

 の第2項に該当するという部分であろう。
 したがって、この「ふさわしくない行為」の解釈を恣意的に解釈したものと思われるので不当と言わせてもらっている。
 当該、「ふさわしくない行為」に関して、通例「法律違反」や「公序良俗に反する行為」であるが、田母神氏に関して、単に「政府見解と違う」という、理屈である。

 この条項で処分した自衛隊人事は、以下の日本国憲法による違反を問える。ゆえに田母神氏の「審査要求は非常に妥当」といえる。

第14条第1項

1 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

 これによりもちろん自衛隊員が差別されることは無い。従って、次の条項の適用になる。

第19条 思想信条の自由

思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

第21条 言論の自由
1 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

 の違反に該当する。
 また、政府見解に従う必要が自衛隊法で、政府が発する言葉をご神託として、受け継がなければならないという規定は一切無いので、巷で言う「村山談話の否定」の見解を出したことは、自衛隊法に違反するものとマッタクいえない。

 マスゴミの愚かなところは、シビリアンコントロールができていないならば、田母神氏は、不当な処分であると訴えて、実力行使によって自衛隊決起しているはずである。
 現実を見ていない馬鹿理論でしかないと私は思う。田母神氏は、自分処分が不当であると訴えている。また国会の証人喚問も堂々と受けている。これがシビリアンコントロールでなくて、なんなのだ! といいたい。

 さて、日の丸君が代に反対する公立学校の反日教師も、これらの条項を使っているが、彼らはそもそも「職務命令違反」を犯しているのであり、同法律を適用するなら、「職業選択の自由」で、公立学校教師を辞めるべきであるという結論が出るだけである。

 論ずるべくも無いが、田母神氏と違い、日の丸君が代に反対している教師は、実力行使で式を台無しにしたりしているうえ、話し合う機会をもって、とりあえず従う姿勢すら見せてない。
 自衛隊のシビリアンコントロールを論ずるなら、まずこの程度の低い反日クサレ教師どもを論じたほうが、十分に説得力があろうというもの。

 冥王星さんには、この反日クサレ教師どもに関するエントリーも同時に要求したい。

 銀河英雄伝説の話からきました。面白そうなので横やりをいれさせてもらいます。


「自衛隊倫理法」のURLが間違っていますので正しいURLを
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H11/H11HO130.html
同法3条2項

第三条  自衛隊員は、国民全体の奉仕者であり、
国民の一部に対してのみの奉仕者ではないことを自覚し、
職務上知り得た情報について国民の一部に対してのみ有利な取扱いをする等国民に対し不当な差別的取扱いをしてはならず、常に公正な職務の執行に当たらなければならない。
2  自衛隊員は、常に公私の別を明らかにし、いやしくもその職務や地位を自らや自らの属する組織のための私的利益のために用いてはならない。
3  自衛隊員は、法律により与えられた権限の行使に当たっては、当該権限の行使の対象となる者からの贈与等を受けること等の国民の疑惑や不信を招くような行為をしてはならない。

3項に関しては冥王星氏が疑惑を記事にしているのでそちらを参照してください。(自衛隊法61条にも関わる)


次に自衛隊法39条に関しては

”小松基地の会”との関係性では便宜供与という判断が妥当でしょう。
F−15戦闘機に試乗したい人は山ほどいますし、何より軍事機密性のある主力戦闘機ですから問題がないとは言い切れないでしょう。

次に42条は
3項の「その職務に必要な適格性を欠く場合」が適用できるでしょう。
それに関しては幕僚人事権をもった人間が判断した以上は違法性があるならその行為の違法性の指摘をもって抗弁されるべきとは思います。

>内規違反であるが、今回懲戒処分を下したのは異例といえる。
で、異例という指摘に関しては私は知りません。
直近では
http://news.goo.ne.jp/article/asahi/nation/K2008110700870.html(酔って全裸でコンビニ入店、空自隊員を停職処分 宮城)
刑事罰以前に、自衛隊停職処分は下っていますが、これは内規違反処理ですが、内規違反ではないでしょうか?
「内規違反の飲酒でけが、哨戒機で搬送/硫黄島の海自隊員」
という事例も自衛隊内規でも採用されているので、内規違反の適用はしばしばあると思われます。
文民統制課題のある事例の事件では冥王星氏が来栖事件がある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%97%E6%A0%96%E5%BC%98%E8%87%A3
来栖発言の事後に関しては大きく問題にされたので、内規違反の事例として知っているべきだと思います。

http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20081111AS1K1100111112008.html

厳密には、懲戒解雇を嫌がって辞職したわけですが、そこを正しく理解されることもお薦めします。

>したがって、この「ふさわしくない行為」の解釈を恣意的に解釈したものと思われるので不当と言わせてもらっている。
 当該、「ふさわしくない行為」に関して、通例「法律違反」や「公序良俗に反する行為」であるが、田母神氏に関して、単に「政府見解と違う」という、理屈である。

「ふさわしくない行為」は、冥王星氏の指摘する公務員倫理の領分でしょう。
自衛隊法61条から見れば、幕僚長の行為は政治行動という判断は不可能とも言えません。

仮にAPグループとの関係が61条1項に該当しえるという判断が下れば当然、服務規程からも懲戒は可能?



指摘の憲法規定は何ら自衛隊内規の拘束性を担保しないでしょう。
14条に関しては、
自衛隊法61条に該当する可能性があるでしょう。


21条に関しても
私権の制限があるのは司法判断があるので論外です。
自衛隊法64条罰則119条参照

以下のように公務員の私権制限の問題は合法化されています。
(司法判断でも合法化されているようです)


>また、政府見解に従う必要が自衛隊法で、政府が発する言葉をご神託として、受け継がなければならないという規定は一切無いので、巷で言う「村山談話の否定」の見解を出したことは、自衛隊法に違反するものとマッタクいえない。

受け継ぐことは指摘されています。
自衛隊法53条
第53条 隊員は、防衛省令で定めるところにより、服務の宣誓をしなければならない。
防衛省令は政治判断そのものです。
(幕僚長の軍令は防衛省令ではありません)

>さて、日の丸君が代に反対する公立学校の反日教師も、これらの条項を使っているが、彼らはそもそも「職務命令違反」を犯しているのであり、同法律を適用するなら、「職業選択の自由」で、公立学校教師を辞めるべきであるという結論が出るだけである。

その結論が妥当ではないでしょうか?
司法判断は原告(教師)敗訴の傾向ですが、懲戒理由と判断されていないようです。

私見を申し上げると幕僚長が告訴されればいいと思います。
それに関して冥王星氏の推測通り、統治行為論で判断留保でしょう。

>田母神氏と違い、日の丸君が代に反対している教師は、実力行使で式を台無しにしたりしているうえ、話し合う機会をもって、とりあえず従う姿勢すら見せてない。
 自衛隊のシビリアンコントロールを論ずるなら、まずこの程度の低い反日クサレ教師どもを論じたほうが、十分に説得力があろうというもの。

大差ないと思います。違法行為を行っているというべきでしょう。
従う姿勢を持っていないという問題は別の問題でしょう。
何より、幕僚長も退職金の返納の指導を渋っているわけでどうしたものでしょうか?辞退した形式で退職金を持ち逃げできた、なんて認識には関心しませんが、公人としての責任の取り方を考えれば、ショッパイという感じがします。

>自衛隊のシビリアンコントロールを論ずるなら、まずこの程度の低い反日クサレ教師どもを論じたほうが、十分に説得力があろうというもの。

説得力があるとは思えませんが
まずは、
法的平等において、教師だけをやり玉にして、幕僚長は無罪というのは、整合性を感じません。
冥王星氏の指摘は文民統制ではなく公務員倫理という視点に収束しているのが特徴ですが、このケースの方が論点がはっきりするでしょうね。

俯瞰して言わせてもらえば、幕僚長はグレーにグレーなことを重ねて黒扱いされたような気がします。
ドンドンでてくる内ゲバにどこまで幕僚長がかかわったのでしょうか。これからが楽しみではあります。


私としてヤンは「歴史の再現者」という感じがしますね。
何をやるにしても、前例を引用してる部分は歴史家として見せ場です。
一方ラインハルト閣下は「創造者」です。
で、私が思う銀河英雄伝説のテーマは、
「伊達と酔狂で生きる人間もそれでいいいんだ」
という部分ですね。
ラインハルト=無政府主義者という見方には違和感を覚えますので、是非、反論させてもらおうと思います。
  • [2008/11/15]
  • URL |
  • 通りすがりの奇人
  • [ 編集 ]
  • TOP↑

防衛省令=政治判断?

>>通りすがりさん

 各種つっこみどころ満載であるが、どれも既に私がいっていることで、あなたのインチキ解釈を論破しているんだが・・・・・・。

 まず一つ。あなたの理論には、意味不明な点。

 「APグループとの関係が61条1項に該当しえるという判断が下れば当然、服務規程からも懲戒は可能」

 これは、処分される前に判明したことではなく、後の話である。したがって、本件本論の「懲戒」に関する部分は、あくまでも「論文掲載」によるものである。後付けによる理由は、まったくもって、本論解釈に意味は成さない。

 ということをまず理解してもらいたい。おおよそ、事の前後をマスコミに操られるかのようなアホさ加減の人間が多すぎるので指摘しておく。

>法的平等において、教師だけをやり玉にして、幕僚長は無罪というのは、整合性を感じません。

 だから、幕僚長が無罪であるとはいっています。同質のものをやっている教師をやりだまに挙げて批判しないのは、ダブルスタンダードのそしりも免れないし、法的平等も侵していることになっていると言っているのですが?
 つまりですね。幕僚長が有罪であると断定するなら、それ以上に教師どもは、サヨク理論では「巨悪な有罪判定」しかるべきだろうと。
 幕僚長がダメで、教師が良いなら、その無罪論を矛盾なく展開するのが筋であろうと。そういいたいわけですな。私は。

 それにしても、防衛省令=政治判断なんて解釈する人は、サヨクや左翼には多いのかね?

http://www.houko.com/00/NEN/H19/03/B.HTM

 どこにも、村山談話を継承すべきで、それに逆らうべきではないなんていう文言なんか、一つも無いんだが(笑)。

 アホスギル。


 それにしても、防衛省令=政治判断なんてやる人は始めてみた。

とりあえず、お二人のコメントは記事にしておきましょう

こちらも、エントリーしました

冥王星さん

こちらもエントリーしました。

http://srsa.jugem.jp/?eid=591

 冥王星さんも銀英伝好きだねえ(笑)。
 田中芳樹が凄いのは、立場が違う人間でさえ、こんな論争させてしまう点だと思います。

 当時初めて読んだのが、高校生でした。サヨク真っ盛りの親の影響も有り、シンパシーを感じていたのですが、やがてだんだん矛盾を感じるようになっているんですが、そこはそれ。
 お話はお話。
 と、俺は割り切ってます。
 よくよく考えれば、俺みたいに理屈で理詰めでやってしまうと、作品としては、マッタクおもしろくない(笑)。
 だいたい、帝国側はイゼルローンなんて放っておいて、遮断していれば、女性が少ないイゼルローンは、やがて絶滅するだけだし・・・・・・。要は北朝鮮と変わらないわけで。
 ラインハルトが戦いたい欲求を捨て切れていないので、立憲君主制とかいっているけれど、結局個人の独裁で、戦争ともよべない反乱軍を吹っかけているわけだから、費用対効果としては、イゼルローン要塞なんか放っておけばよかったものをという、現実主義をしてしまっては、世界観ぶち壊しになってしまう。

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みんな大好き 銀河英雄伝説

冥王星は小惑星なり さて、私に対する回答を、長々と解説しているので、まあ読みたい人は読んでくれ。  で、こちらも返礼として「銀河英雄伝説 ラインハルト・ヤン政治論」をぶちかます羽目になってしまった。  最初にお断りしておく。  所詮、一次元の空...
  • [2008/11/15 19:04]
  • URL |
  • Sirokaze Report of Specific Asia |
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