明治維新再考7 

冒頭に

   「平成維新」という言葉が流布することが多いようですが、明治維新というのは、庶民からの改革ではなく、士族階級のクーデーターという解釈が妥当だと言える。
 今、「平成維新」と叫んでいる人の身分を知らないが、「平成維新」はまた政治家・官僚のイニシアチブで行われることなのだろうか?また支配者階級の首の据え変えで終わらせるのが、「平成維新」の実像なのだろうか?
 実に不可解な話で言えば、日本には市民革命らしき歴史は存在しない。市民革命がないことを批判するのではなく、市民革命がないことを知らない日本人の問題である。
 明治維新が「革命」と呼ばれない理由などは考えたことがあるだろうか?
 本当に日本人は明治維新を理解しているのだろうか?と疑う部分が多々ある。
 新政府の卑怯さ・愚劣さなどはマキャベリズムで肯定することは可能だろうが、一貫性のないマキャベリズムであってイズムという肯定よりも、場当たり的な行動としか分析できない。
 マキャベリズムとは当人が悪人になるとしても、被支配民を守るための思想である。薩長にそのような意識があったようにはとても思えない。士族階級内の死闘に領民も巻き込んだのが実情だろう。
 領民庶民にとっては、支配者階級の闘争に巻き込まれていい迷惑である。戦国時代の方がまだマシだっただろう。
 孝明天皇の崩御・明治天皇幼少期の政治主導権の問題では、権力構造の不透明さが付きまとう。
 日本の近現代史では常に悩まされるのが、資料の隠滅・隠匿という政治背景が強いことである。(信憑性のある)資料がないがゆえに思想性が入った意見で争論されるのが、近現代史の色濃い実情だろう。
 もっとも恥ずべき問題は、歴史家の世界情勢への理解の無さだろう。当時の世界情勢と国内の圧倒的多数の庶民の実情に関する見解を指摘した歴史家はほとんどいない。郷土史研究家ですら「郷土の社会習俗」という視点ではなく、明治維新という政治ムーブメントに目を奪われているように思う。
 歴史小説において「可能性を想定した記述」すらも史実扱いされてしまうから、危険きわまりない。
 庶民にとっては、士族階級・朝廷内の混乱だけであれば救いようがあるが、支配者階級としての士族・朝廷は政争を重ね統治に関してどこまで留意できていたのだろうか?
 「幕末」に常に考えるのが、支配者階級の都合で語り継がれる歴史観である。
 冥王星の愛してやまない会津の歴史においても、庶民と士族階級のズレは明確化してゆく。
 第二次長州征伐の処分で長州の支配下になった石見・小倉は悲惨な長州の搾取を受けた。しかし、これらはほとんど表立って伝わることのない話になってしまった。
 勝者の歴史という取り扱いによって歴史が改竄、歪曲されるのである。
 よくよく中国・韓国などの歴史改竄を批判する日本人が多々いるが、日本人も負けないくらいに歴史を捻じ曲げているのは事実である。程度論といえばそれまでだが、批判できるような立場とは到底思えない。
 明治維新からして、「勝者の歴史」であるし、それ以前の歴史も「勝者の歴史」に他ならない。年代記としての歴史とは、「勝者によって変化した歴史」である。
 一方で不思議な現象がある。「勝者によって変化した歴史」で成り立っている現代社会を批判している人がいる。明治時代の歴史を肯定するならば、東京裁判から続く「勝者の歴史」を肯定する必要性がある。東京裁判の「勝者の歴史」だけ否定して、明治時代の勝者の歴史を批判しないとは論理矛盾でしかないのである。
冥王星は、歴史とは「勝者によって変化した歴史」ではなく「人間の生み出す人の営み」だと思っている。勝者以外の視点の歴史も「歴史」であると断定している。世の中は敗者がいるから勝者が存在しえるのである。勝者による歴史の反面で敗者による歴史が編まれて何が不都合があろうか?
 勝者の歴史しか見えない・見ようとしない人間の歴史観は自由だろうが、それを狭量と断じて間違いないだろう。
 近視眼的にしか歴史を捉えることができない知的愚者の歴史は、単なる「勝者の歴史」であり、改竄・歪曲された歴史に他ならないことは言うまでもない。
 敗者によって得られた経験によって時代は作られることもあるだろう。

藤堂高虎という人物の逸話を紹介したい。
 関ヶ原の戦いに破れ敗軍の将になった石田光成に、多くの武将や文官が罵詈・雑言を投げつけた。しかし、その中で藤堂高虎は光成に
「我が陣容に至らぬ場所がありましょうや?」と質問するのである。
 関ヶ原の合戦で高虎部隊の鉄砲隊が活躍したことをあげ、光成は「鉄砲頭の身分を上げたほうがいい」と助言する。その後、光成に指摘された部分を改めた話もあることを考えれば、高虎は敗者から学ぶ器量があったのだろう。

 明治維新の原動力になった薩長維新志士も敗戦・屈辱を契機にしていることを忘れてならない。屈辱を雪ぐエネルギーが時代を変えるのであろう。
 言うまでもないが、己をポジティブに考えているだけの歴史観では、敗者によって獲得できる教訓などは存在しない。

薩長同盟・孝明天皇崩御・世直し

 幕府に貿易の窓口を絶たれ、倒幕に支障をきたすようになった長州は、坂本竜馬などの仲介を経て薩摩を窓口とした武器購入の手段を確保する。
 薩摩が長州との「犬猿の仲」を撤回する背景には、公武合体論の限界を幕府に見出していることが挙げられるが、幕臣勝海舟と西郷の会見でもいわゆる幕藩体制における有力者による合議制政治という草案が薩摩からも提示されていることからも推測が可能である。
 結局、第二次長州討伐は長州の圧勝に終わるのだが、幕府側の驕りと長州方の大村益次郎の活躍によるところが大きいと推察される。大村は幕臣の時期もあった人物であり適塾で学びその後、伝習所での経験を経て長州でその才能を開花させる。大村を見出したのは、伊予宇和島の伊達宗城であり、彼は幕府寄りである。
 第二次長州討伐のさなか、将軍家茂が逝去する。その後、将軍職を引き受ける人物が現れず、結局は慶喜が渋々引き受けることになる。
 慶喜が早い時期から将軍職で幕府における指導的役割を果たせば、もっと早く幕末ソフトランディングが可能だったと考えるが、既存の慶喜肖像が単なる愚昧なる君主だったというものでは説得力はないかもしれない。
 この第二次長州討伐の残滓として奇妙なことが起こる。和平交渉がなって、それを幕府側は反故にするという失態を演じるわけだが、この和平交渉によって維新まで、石見一国と小倉の領有権が事実上長州に渡るわけである。この占領行為に関する歴史において多くの収奪が行われたことに関して注意しておいてほしい。
 その後、幕末最大の転換点となる孝明天皇崩御が起こる・・・・・・
 孝明天皇は攘夷論、公武合体論、佐幕派、尊王論にとっては精神的な支柱だったわけだが、この変化によって維新の速度が一気に、薩長側への追い風に至るのである。
 薩長にとっての尊王は目的ではなく、自分たちの権勢を振るうための手段であり、それに同調したのが、岩倉というシナリオも・・・・・・・・
 大塩平八郎から続く民衆の蜂起は思想性があるとは言えないし、統一性がない。
 農村では幕府批判よりも、のっぴきならない生活苦の局面での危機感があり、農村社会は物価上昇や飢饉などの生活苦の責任を幕府よりも商人にその原因を見出していた。幕府の財政事情の問題は何より、商人による搾取のような実態があったという認識は不当とも言えない。
 なにより、農村にとっては幕府の中央政治よりも地方分権社会の江戸時代においては藩政にこそ政治的不満を抱くのが一般的で、農村で討幕運動などが起きるはずもないのである。
 中央集権制度の確立した現代社会の日本と違い、地方分権社会である江戸時代においては天領でもない限りは、農村は幕府政治の直接的な影響は受けないし、なにより、藩政の裁量権が大きいのであり、庶民が討幕運動に流れるようなムーブメントは存在しないはずである。幕末の農村は江戸幕府終焉の様相を感じ取っていたような描写があるが、ほとんど根拠がない話である。
 農村の庶民の敵意は幕府ではなく商人の蔵を襲う「打ちこわし」などの暴力的行動に至る。
 一方、町人衆は、「世ならし」と称した社会の平等の実現要求が、「世直し」に至るのである。
 あまり「世ならし」という表現は幕末習俗で研究されてきていないが、町人衆の平等主義・市民意識の萌芽と受け止める歴史観があっても不当ではないと考える。つまり、町人衆の動向としては、すでに「四民平等」の意識は出来上がりつつあったのだろう。
 有名な「ええじゃないか」という叫び声は実は全国区の話ではなく阿波地方独特のものである。
 「ええじゃないか」「世直し」行動は、いわゆる集団ヒステリック運動があったという見方もできる。
 伊勢参りという行動は特段珍しいことではないが、集団化して道中の豪商・豪農の家屋を破壊するような行為も多々あったことから考えると、厭世からの逃避行動だった可能性が高い。
 一種の自暴自棄な庶民・陽気なお祭り騒ぎの庶民が合わさって、驚天動地の状況が幕末庶民の実情だと考える。
 もっとも、伝染病の流行などの背景から幕末は庶民にとって深刻な生存危機状態だったこともこのような運動・行動に至る原因と考えるが・・・・
 一方で、民衆狂乱状態は倒幕派の地方錯乱を誘導の結果という分析もあるが、それだけ不安定な状況だったことを考えるべき必要性があると思われる。
 ただ、同時代の世界を見れば、庶民の政治意識の低さは言うまでもない。欧州諸国ではすでに市民革命が終焉し、社会主義思想が跋扈するような時代でありながらも、庶民は政治意識が希薄というのが江戸時代の実情である。

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